第19話 異変

「次! 一色ペア!」

「おう」


 棗先生の元気な声と反対の地を這うような声が返ってくる。


「レオ君がんばって~!!」

「最速記録更新しちゃえ!!」

「かっこいいところ見せて!!」


 実習室のいたるところから黄色い声援が飛ぶ。

 ちゃっかり隣で見ている雪菜に目を向けたが、レオをというよりはペアの女子も含めた2人を澄ました顔で眺めていた。


「なんですか? 顔に何かついてます?」

「いや、ずいぶん冷静だなって」

「そうですか? いたって普通だと思いますよ? 彼女たちはあれが普通みたいですけど」


 レオの後姿だけで目にハートが浮かんでいるような奴らを二人して冷ややかに眺めていた。


 フィールドへ向かっていくレオの1歩後ろをついて歩く女子が焦ったようにレオに話しかけた。


「レオ、作戦は?」

「行くぞ」

「ねえってば!!」

「ない」


 そう答えるとレオは黙々と用意し始めた。


 レオのペアの女子は自分からガンガン攻めに行くタイプのスキルだ。同じスタンスのレオと動きを合わせることで戦闘を効率化させたかったんだろうが、レオは見向きもしない。


「おい六花、あいつおかしくないか?」


 柊が険しい顔で駆け寄ってくる。


「ペアの訓練なのにあそこまで相手を無視するか?」

「あいつそもそも盛り上げ系陽キャだよな……まさか炎上が効いてんのか」

「その可能性はあるな」


 幸い、学校では炎上した事実こそ知れ渡っているが取り巻きたちからのあいつの信用は失っていないようだ。

 それ以外は、まあお察しの通り。


 相手の女子が不安げな表情のまま、訓練は進んでいく。


「準備出来たな! でははじめ!」


 棗先生の合図とともにロボットが放たれる。


 十数体のロボットが起動した瞬間、音もなくレオが距離を詰めた。


「レオ! ちょっと待ってよ!?」


 出だしで遅れたペアの女子が慌てて引き留めるがレオは完全に聞いていないようだ。


 レオは強引にロボットの包囲網を抜け、1体ずつ殴り倒し、蹴り壊し、粉砕していく。

 ペアの女子はおろおろと後方でたたずみながら棗先生へ視線で助け船を求めているように見えた。


「一色!! ペアでの訓練だぞ!! 1人で動くんじゃなーい!!」

「殺す!!」


 半ば雄叫びのような声を上げながらレオの動きがさらに加速していく。


「一色!! 一回止まれ!! ああもう! 制御が追いつかん!」

「レオ! 一回待ってってば!」


 もはや彼に言葉は届いていないようだ。


「アアアアア!!!」


 獣と何一つ変わらない叫び、何一つ変わらない攻撃方法のままロボットを蹂躙していった。

 見る見るうちに積まれていったロボットの残骸の山の上で最後の1体を腰からへし折り破壊し終わるとそれまで少し引いた眼で観戦していた取り巻きたちからぎこちない黄色い声援が沸き起こる。


「フーッ、フーッ!!」

「ちょっとレオ! 私何もしていないんだけど!?」

「うる、さい!!」


 頬を膨らませながら駆け寄ってきたペアの方へ身体ごと反転し地面を蹴る。

 一瞬だけ見えた彼の眼は血走り、明らかに通常の精神状態ではない。


「きゃあ!?」


 レオの拳が女子に伸びた瞬間、とっさに俺のデバイスと女子の位置を『反転』させ、抱きとめた。


「まっずいな」


 女子をゆっくりと立たせながらレオを観察する。四つん這いになり歯をむき出しにした彼は逃した得物を探すかのように首を回している。


「竜胆さん、大丈夫?」

「ええ、ありがとう。その、助かったわ」

「この状況に心当たりはなさそうだけど」

「ペア組む時からおかしかったのよ。何を言っても聞かないし、私の腕を強引に引っ張るだけ」


 炎上して気が狂ったか? だとしてもこんな獣じみた精神状態になるか?

 手掛かりが少なすぎる。


 レオと目が合う。

 敵生体に警戒するようにゆっくりと近づいてくる。


「バレた。ちょっと竜胆さん離れてて」

「迎撃ですか?」

「いや雪菜も離れてて」

「呼び捨て!? じゃなくてあんた一人じゃレオに太刀打ちできるわけないでしょ!?」


 まあまあ、となだめ1歩踏み出す。


 俺を敵認定したのか、レオはまっすぐ俺めがけて飛びついてくる。

 彼の拳を受け止めるように右腕を突き出す。

 拳が触れた瞬間、レオと位置を『反転』させる。


 攻撃対象を失ったレオはその勢いのまま床に激突し動かなくなった。


「レオが! どろどろにとけて……いやああ!!」


 振り返ると、ぐずぐずに表面が溶けだしているレオらしき物体が床に伸びていた。

 すかさず柊が駆け寄り、その物体に触れ、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべ始めた。


「ふうん、へえ……面白いな」

「何かわかったのか?」

「これ、人間の『スキル』だぞ」

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