第18話 実習の授業で急に真剣になる奴

「んてことで俺がバックアップするからよろしくな、リツカ」

「学校でその名前は出すな」


 俺の文句にへいへいと手を振って柊は階段を下りていった。

 悪い奴には見えないんだが、本音は話していけないような、物事に首を突っ込ませてはいけないような胡散臭さが全身からにじみ出ている。


「協力者が増えたことは喜んでいいんでしょうか……?」

「まあ、あいつは信用できないけど仕事ぶりは信頼できるからな……一応は喜んでいんじゃないか?」


 これから「アビス」に行くにあたって信頼できる情報源ができたと思えばまあ十分すぎるかもしれない。

「アビス」は初見のダンジョン。対策するのには情報が不可欠だ。


「友達としてはまあ、よくしてやってくれ」

「面白そうな方なのはわかりました。あの、最後にいいですか?」

「いいけど?」


 俺より定規1本分低い視線の焦点が俺の目に合わさる。

 奥に引き込まれるような瞳を見つめ、喉が動いた。


「あの、その、二人で会う時間も欲しいなって思ったんですけど……だめ、かな?」


 一瞬の沈黙のうちに、彼女の言葉が耳から脳髄を走り全身に駆け巡った。

 答えようと口を開いた瞬間──


 キーンコーンカーンコーン……


「次、実習ですよね!? 用意してない!」

「やっば!!」


 なんとなく締まらないまま時間に追われるように階段を駆け下りていった。


 ☆


「遅いぞ橘ぁー」

「すいません」

「すいませんですんだら教師ってのはいらないんだよなぁー」

「見目麗しく聡明な棗先生。遅れてしまい申し訳ございません」

「うんうん、謝罪も丁寧でうちのことも褒めてる。これは教師廃業だなってならんわ! 早く席につけ!」


 ぷんすこと小さい頬を膨らませる棗くるる先生の言葉に押されるように実習室の席に着く。


「全員揃ったところで、今日はダンジョン内を想定した模擬戦闘を行う! 2人組を作ってフィールドの入り口に並べ! 先着だぞ!」


 一般的な体育館より一回り大きいくらいのサイズの実習室の中心にはバスケットコートのように四角く引かれた白線と対戦相手となる魔物型ロボットが待機している。


 ここまで大きく、複数人での戦闘が可能な実習室は都内の高校でも珍しい部類だ。

 探索者育成に力を入れている校風の通り、充実した設備を使って俺たち探索者育成プログラム外の生徒も鍛錬を行っている。


 そしてこの実習室の主が棗先生なのである。


「ほれ、早くペアを決めろ橘。なんだそれともボッチで受けるか?」

「そうなったらアシスタントしますよ。先生、脚立がないと制御盤操作できないでしょ?」

「そうそう、脚立動かすのが億劫でってお前に敬う気持ちはないのかっ!!」

「でも実際そうでしょ?」


 ぐぐぐぐぐ……と小動物のようなうなり声をあげて何も言わないまま制御盤の方へ行ってしまった。


 あとで機嫌とっておこう……。


「あの、六花くんペア決まってないんですか?」


 最近ですっかり聞きなれた声に振り返ると、案の定雪菜がいた。

 その後方遠くから、取り巻きたちの視線がこちらをロックオンしているのが肌で理解できた。


「まだ、決まってないよ。柊は女子と組んじゃったし」

「でしたら、一緒にやりませんか?」


 耳元に彼女の息がかかり、思わず身構えた。


「『アビス』に行く前に連携、確認しませんか?」

「……わかった。よろしく」


 ふふっ、と小さく笑い雪菜がようやく俺の耳を解放する。


「お前よかったなあペアが見つかって。何につられたんだ?」

「柊とかいう馬鹿を社会的に抹殺する同盟を組みませんかってな」

「いやだなあ、俺はお前らの味方だって言っただろ?」

「はいはい、俺たちの番次だから行くわ」


 前のペアがロボットを機能停止させ、フィールドから降りる。


「いま直すからちょっと待っててな」


 棗先生は制御盤からいそいそと降りると、てとてととロボットに近づき、そのコアの部分に触れた。


 彼女の手から魔力があふれ出し、ロボットを包み込む。

 次の瞬間には、ロボットは元通りになっていた。


 彼女のスキルは『オーバーホール』。機械であれば自在に分解、復元が可能なのである。


「ほれ、次」

「役割的には、前とおんなじ感じでいい?」

「はい! 大丈夫です!」


 俺たちはそれぞれ戦闘態勢に入る。

 デバイスに魔力を流し込み、セーフティーを外す。

 雪菜も腰を低く落としいつでもとびかかれる体制になっている。


 フィールドの周囲に抗魔力加工のフェンスが張り巡らされる。


 相手は10体。すべてハウンドドッグ型だ。


「いくぞ! はじめ!」


 棗先生の合図とともに雪菜はフェンリルに『転生』し飛び出していった。

 集団で囲んでくるロボットを翻弄し確実に仕留めていく。


 対して俺はヘイトが向かないよう立ち回りながらロボットの位置関係を『反転』させ攻撃を妨害していく。


「やばっ……六花くん!」


 彼女の叫びと同時に、ポケットのラムネと雪菜を『反転』させる。

 コンマゼロ秒後、彼女がいた場所には前後からロボットの牙が襲い掛かっていた。


「もう一回いける?」

「はい!」


 再度飛び出していった雪菜が残りのロボットを爪で裂き、噛み砕き、粉砕していった。


「終了! 最速撃破だ!! お前らやるなあ!」


 制御盤の上からの棗先生の言葉に触発されたかのようにクラスメイト達がざわつき始めた。


「雪菜ちゃんやっぱすごいね」

「さすがプログラム受講生」

「でも、橘のサポートも正確じゃない?」

「橘のスキル厄介だな」

「助けてもらえるのはありがたいよ」


 そんな声にうれしく思っていると雪菜が『転生』を解いて戻ってきた。


「やりましたね!! 連携完璧でした!」

「雪菜の実力なら俺がいなくてもやれそうだったけどな」

「そんな事ないですよ! 『反転』があったからこそ蹂躙できたんですから!」


 笑顔で蹂躙とか言われると狂気を感じるのは気のせいじゃない。


「ほれ次! 一色!」

「ああ」


 短く返事をしフィールドへ向かうレオの目は血走り、その全身からは人間の魔力とは違う、もっとどす黒くて重い魔力が発せられているような気がした。

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