第16話 親は無情にも喰らう

 東京都心部──


 蜘蛛の巣状に張り巡らされた鉄道に揺られること数十分、俺は父親の待つ研究所に向かっていた。

 通勤客と共に車内にすし詰め状態にされながら外に目を向けるとビル群の影を縫うように進む大人たちがせわしなく動いていた。


 学校は休んだ。研究所は働き方改革とかなんやらで土日の人員が少なく親父の改造は行えないらしい。

 継続的な観察や作業があるはずの研究所がそれでいいのかとも思うが、俺がとやかく言えるものでもないことは確かだ。


 俺は、強くなれば、六花より強くなることができたらそれでいいのだ。


 そんなとりとめのないことを考えていると、研究所の最寄り駅に到着する。

 サラリーマンの波に流されながら改札を通ると、目の前にガラスで虹色に光るビルがそびえたっていた。

 あいつがいる研究所だ。


 ビルを見上げながらぽつりとつぶやく。


「まさかこんなビルの下にダンジョンがあるなんて思わないよな」


 このビルのメインは地下に広がっているダンジョンを改造して作られた研究室だ。地上のビルは貸しオフィスなどが展開されており、研究所にとっては飾りでしかない。


 ビルの受付AIに父親の名前を告げるとエレベーターに案内された。

 無機質な壁に囲まれた異様な緊張感と浮遊感の中、下っていく。


 チン、と小気味良いベルを鳴らしエレベーターが到着した先には地上の近代的で無機質な廊下とはうって変わって岩壁がむき出しのダンジョン特有の魔力が充満した回廊が伸びていた。


 天井に吊るされた蛍光灯をくぐるように奥へと進んでいく。

 六花たちが踏破したダンジョンに比べると明らかに狭く単純な構造をしている。だがダンジョン規模が小さいというだけでは説明できないことがあった。


「なぜ魔物がいねえんだ?」


 ここはそもそもダンジョンだ。魔物が出現しないことはない。


 背中に冷たい汗が伝わるのを感じながら、さらに進んでいく。

 横道は全てスルーし、一直線に最奥の部屋へ向かった。


 むき出しの岩壁には不釣り合いないかにもラボじみた扉を前に深く深呼吸した。


 ここに来た理由を思い出せ。決して父親に文句を言いに来たわけじゃない。六花を殺しユキナちゃんを取り戻すための力を手に入れに来たんだ。


 受付でもらったカードキーを機械に差し込む。

 音もなく開いた扉の向こうには、これまたダンジョンとは不釣り合いな無機質な白い壁、床が張り巡らされた空間が広がっていた。


「遅い。3分の遅刻だ」

「いちいち細けえな。さっさと寄越せ」


 入ってきた俺を見るなり父親、博が小言を言う。

 だがその三白眼はデスク上のモニターから離れることはなかった。


「急かすなバカ息子。これを読め」


 こちらを振り向きもしないまま父親が1枚のプリントを手渡してきた。


 内容は、実験を受けるにあたっての契約書だった。

 そもそも俺に力を与える行為が実験にあたるらしい。もうここまで来たら実験でもなんでもいい。力が手に入ればいいのだ。


「奴らを止めろ。特に橘六花は殺してもいい。何としてでも『アビス』から出すな」

「お前に指図される筋合いはない」

「指示に従わないならいい。悔しさを抱えたまま帰ってくれたまえ」


 規則的なタイピング音が部屋内を駆け巡り、気まずさを残して去っていった。


「クソっ、わかったよ! お前に言われるのは気に食わないけどな!」

「理解できたならいい。実験を始めよう」


 父親はデスクから離れると部屋のさらに奥に鎮座してい白い卵型のオブジェクトを操作し始めた。


「貴様にはいまからダンジョンコアの魔力を移植する。多少痛みはあるかもしれないが誤差だ。気にするな」


 ダンジョンコアとは各ダンジョンに1つずつ存在している『ダンジョンの素』だ。ダンジョンのあらゆるトラップ、構造体は全てこのダンジョンコアの魔力から形作られている。


「魔力を移植するって言ったって魔力の波長が違うんだから無理だろ」

「問題ない。魔力の波長はチューニングできる。貴様は純粋に魔力量が増えたと思ってくれればいい。もしかすると副作用で第2のスキルを獲得できるかもしれないがね」


 卵型のコフィンが開き、中に入る。

 完全にうつぶせになった瞬間、体に様々な器具が巻き付けられた。


「せいぜい成功を祈っていてくれ」

「失敗すんじゃねえぞ」


 ロボットのような無表情の父親の顔を最後に、コフィンが閉じる。


『聞こえるか。これが今回お前に魔力を移植するコアだ。後学のために見ておくといい』


 コフィンの蓋の裏側のモニターが起動、岩壁に囲まれた空間の中心に鎮座する物体が映し出された。

 ダンジョンコアは見た目はただ淡く発光している岩だ。

 しかし、ただ静かに存在しているのではない。まるで生きているかのような胎動が見て取れた。


「実験前にこれ見せるとか趣味悪りいな」

『では実験を開始する。『魔人』となることに誇りをもって受けてくれたまえ』


 モニターが消え去ると同時に俺の意識もフェードアウトしていった。

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