第14話 証明する強さ

 立ち尽くす俺たちから崩れてゆくドラゴンへカメラが向き直る。

 ユキナの配信を映す画面の端では鯉なら上って龍になるほどの速さでコメントが流れていた。


『マジで倒した!!』

『うおおおお!!』

『GG~!!』

『つええええ!!』

『リツカヤバくね? 最後どうやって倒したんだよ?』

『¥10000 ユキナちゃんかわいいよー!! つよいよー!!』

『¥2000 ないすぅ!!!』

『¥リツカ強すぎぃ!!』


「これで私のスキルが『変身』じゃないことは証明できたんじゃないかしら?」

「多分、リスナーさんたちはそれどころじゃないと思いますよ」


『転生』を解除したユキナがカメラを引き寄せる。

 確かにダンジョンの完全攻略に加え、乱入したドラゴンの討伐。それに比べれば俺のスキルの話なんて取るにも足らないものだろう。

 むしろそちらの方が都合いい。


 だが一度口に出してしまったため、コメント欄の流れが俺のスキルへと向かっていく。


『そういえば変身してなかったよね』

『スキル使ってない可能性は?』

『じゃあ最後ユキナちゃんが瞬間移動した理由はなんだよ?』

『だから本人が言ってる通り『反転』なんじゃねえの?』

『かっこいいからもうなんでもいいだろ』

『これは惚れるわ』

『それな』

『同感』

『というよりもうユキリツてえてえ』

『百合か。いいな』

『誰も間に挟まるんじゃねえぞ』

『止まるんじゃねえぞ……』

『それは違うだろ』


「え、えへへへへ……私とリツカお姉さまが……へへへへ」


 ユキナはコメント欄をスクロールしながら推しを前にしたオタクのような吐息交じりに笑っている。


 とても反応しづらい。ほんとに反応できない。

 ここで悪乗りすると男の俺もそう思っているかのようにユキナにとらえられそうだし、反論してもコメント欄に反感を買うだけだ。


 気まずさにあたりを見渡すと、ドラゴンが横たわっていた位置に小さな箱がそっと置かれている小箱に気が付いた。


 近づきそっと持ち上げる。

 ドラゴン討伐の達成報酬だろうか。

 念のため『反転』で毒と魔力を無効化し、静かにふたを開いた。


 箱の中でクッションに包まれていたのは一つの指輪だ。銀のリングにワンポイントでルビーだろうか赤い宝石が埋め込まれていた。


「ユキナ、ちょっと来てくれる?」

「へへ……はい? はい! 今すぐ!」


 どたばたと駆け寄ってきたユキナの右手を掴み、指輪を人差し指にはめる。

 指輪はスッと彼女の指にフィットした。


「え、ええええ!? ど、どういう、なぜっ!?」

「ドラゴンからドロップしてたからプレセントよ」

「指輪だなんてまるで……!」

「友好の証よ。これからもよろしくね?」


 ユキナは指輪から顔を上げるとそのまま固まってしまった。

 その眼に生気はない。


「そ、そうですよね……あはは……ぐすん」

「えっと……大丈夫?」

「大丈夫ですよ~配信終わりましょうか~」


 ぎくしゃくとした動きでカメラの方へ向かい湿った声で終わりの挨拶をし始めた。


 さすがに指輪のプレゼントは気持ち悪かったか。

 あの指輪、俺が持っていてもつけないし攻略のリーダーがユキナだからちょうどいいと思ったんだけどな。


 そんな反省をしながら俺も配信を閉じる。

 今日だけで高評価が1000を超えた。普段は高評価なんてつかないのに。やっぱユキナとのコラボとダンジョン攻略の効果はすさまじいな。

 登録者も今日だけで倍増した。


 普段、生存確認しか使っていないチャンネルが成長していいんだろうか?

 というより、このリツカが目立って大丈夫か? チャンネル開設のためにサイトに登録したメールアドレスとか電話番号は俺のプライベートのものをそのまま使っている。

 そこから身バレしそうで怖くなってきた。


「リツカ姉さま! 隠し通路ですよ! こっちこっち!」


 配信を切り終えたらしいユキナがボス部屋の端でピョンピョンはねている。

 ふわふわと動く彼女のコスチュームの隙間からは大人一人が入れそうな隙間が見え隠れしていた。


「罠とかはなさそうね」


 ユキナに促されるまま隙間に入ると、岩壁に挟まれた細い道が地上に向かって続いているのが見えた。

 中はどういう原理か、淡い光がともっている。


「頭ぶつけないようにね」


 うつむき、首の裏に冷たい岩を感じながら振り返ると、頭のてっぺんに片手を置きながらユキナがサムズアップを返してくる。

 罠を警戒しながら少しづつだが着実に足を進めていく。

 数分たったころだろうか、小部屋にたどり着く。


「宝箱! 宝箱じゃないですかこれ!?」

「罠もないみたいだし。そうかもしれないな」


 典型的な宝箱の形をした箱が無造作に放置されている。

 そっと持ち上げてみるとずっしりとした重量感を両腕に感じた。


「開けるよ。いい?」

「はい……!」


 蓋をそっと持ち上げ、二人して中を覗き込んだ。


「これは……短剣?」

「文字が彫ってありますよ!」


 錆びた刀身には2行ほどの文章が確認できた。


『アビスネットワークに『反転』があればこの現実は修正できる。たのんだ六花。

                                  橘秋人』


 紛れもない、父親の遺した言葉だった。

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