第13話 裏ボスなんて概念は消えていいと思う
赤黒いうろこに覆われたドラゴンが睥睨する。
遥か頭上からこちらを見つめる爬虫類特有の鋭い瞳、ごつごつとしたうろこに覆われた肢体からは重力の何倍ものありそうな覇気が放たれていた。
「また面倒くさいことになったわね……」
本来、このダンジョンにドラゴンなんていう神話級の化け物が現れるなんてことはないはずだ。
父親が踏破した時もその後の探索者が踏破した時もラスボスはデュラハンだったはずだ。こんな魔王のHPゲージが2個ありましたなんて鬼畜なことはなかった。
ドラゴンはまだ消滅せずに残っていたデュラハンの鎧に顔を向けると煩わしそうに口から火球を吐き出した。
射線上に横たわっているユキナと手元の拳銃を『反転』させ、抱き寄せる。
先ほどまで彼女がいた辺りは一直線に焼け焦げ、ダンジョンの入り口まで木々が炭化していた。
もしあのままブレスを食らっていたらユキナは死ぬどころか消し炭になっていただろう。
いわゆるお姫様抱っこ状態の彼女の身体が熱い。
だが、ブレスがかすめたような形跡はない。
「大丈夫? 体熱いけど」
「だ、だだ大丈夫です!! 顔がっ! ご尊顔が近いっ!?」
「ちょ、暴れないで! 降ろすから!」
慌てたユキナを静かに降ろし、ドラゴンへ向き直る。
もちろん相手はまだまだ力が有り余ってそうだ。
対してこちらは拳銃がさっきのブレスで焼失している。
戦力差はそもそも開いている。
「逃げますか?」
「いや、無理だと思う。あのブレス避けられる?」
逃げでも背中越しにブレスを吐かれて終わりだ。戦うしかない。
アイコンタクトを取り、ユキナがフェンリルの姿で高く飛び上がる。
ジャンプの頂点から大気を蹴るようにして急降下、ドラゴンの頭部に蹴りを繰り出す。
が、ドラゴンが前足を軽く払っただけで華奢なユキナの身体は吹き飛んでしまう。
援護するように俺も足元から近づこうとするが地を這うようなブレスに妨害されてしまう。
吹き飛ばされた隙を狙うようにドラゴンが顎を開き、火球を形成し始めた。
青く揺らめく火炎の塊は顎を離れるとドラゴンの身体を包むように静かに堕ちていく。
地面に触れる瞬間、青い火球が水面に落ちた雫のようにはじけた。
とっさにユキナを抱え目の前の大気を『反転』、真空の壁に身を隠した。
燃焼するための大気を求め炎は左右に分かれ俺たちを覆う。
あまりの熱さに閉じていた眼を開けると、先ほどまでうっそうと茂っていた森が草の一本まですべてが炎上していた。
「お姉さま、服が……!」
「このくらいなら平気よ」
多少服が焦げただけだ。死なないようにした代償なら安いものだ。
俺たちが生きていると分かるとドラゴンが砂埃を巻き上げながら突っ込んでくる。
固形ラムネを噛み砕き、その頭めがけて手を伸ばす。
ドラゴンの頭と俺の手が触れた瞬間、『ベクトル反転』によって自らの力を反射させられたドラゴンが背中から吹き飛んでいく。
「お姉さま!!」
すぐさま小石を投げユキナと『反転』させる。
小石が飛ぶ勢いのまま飛び出したユキナは下半身が大蛇、上半身が人間の異形へと『転生』しドラゴンへ巻き付いた。
自重とドラゴンの重さを利用して組み伏せるとユキナの両目が光りドラゴンが足元から鈍色の岩石へと変化していく。
ゴルゴンだ。ギリシャ神話の怪物だった気がする。
彼女がドラゴンを封じ込めている今しかチャンスはない。
もう一度石を投げ俺と『反転』、一瞬でドラゴンに肉薄しその口の中に腕を突っ込む。
『物質反転』で無防備な口の中から物理的なドラゴンの肉体を非物質的な魔力へと『反転』させていった。
「これで攻略できたんですかね?」
「やっと終わったわね……ふう」
よろけた俺の身体をユキナが抱きかかえる。
チラリと目を向けるとドラゴンは細かい粒子となって崩れていく。
完全に討伐できたようだ。
ほっと息を吐くと、ユキナに固形ラムネの容器を手渡した。
「ユキナ、食べさせて?」
「え、ええっ!? 急にどうしたんですか!? え、ちょっ、ええええええ!?」
社交ダンスのフィニッシュのような恰好のままおねだりする表情をしてみる。
「もしかしてこういうのがご褒美になるのかと思ったんだけど違う?」
「いい、いえそういうわけではなくてですね!? その逆にご褒美過ぎるというか身に余る光栄というか……!! グハッ!!」
いや、そこで鼻血吹いて倒れるの……?
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