第11話 ただ、見ていて
日曜日、ユキナとのコラボ当日。
打ち合わせと称してギルド所有の個室に入る。
いつもの配信サイトに配信の枠を立てた瞬間から二人のチャンネルには批判のコメントが多数寄せられていた。
『登録者ゴミカスのネカマがコラボとかありえない!!』
『ユキナちゃんにまとわりつくなよ変態』
『どうせ焦って登録者稼ぎしてんだろキモッ』
『ユキナちゃんもなんでこんなネカマに構ってんだ? 彼氏か? やっぱり彼氏なのか!?』
「この人いつも見てくれてる人だ……」
批判が目立つコメント欄を眺めるユキナの目は濡れているように見えた。
いつも見ている常連だとしてもその人が好きなのは炎上していないユキナなのであって、ユキナ本人でないということを嫌でもわからせてくる。
「あんなにやさしいコメントを書いてくれてたのにな……」
どんなにやさしい人でも一度、癪に障ることがあればたちまちアンチに変化してしまうものだ。
なんて偉そうに考えてみたが炎上の原因の一つである俺が言えることではない。
「ごめんね! 配信前なのにね!」
「いや、俺もゴメン。こんなことになるなんて思ってなかった」
「六花君のせいじゃないです! 私を助けに来てくれたんですから」
ほら、見てください、と差し出された画面に批判と共に映るあるコメントを見つけた。
『でもこのリツカって人ってさ、ユキナちゃんを助けに来てくれた人だろ? そこまで言う必要なくない?』
「ちゃんと見てくれる人もいますから」
「その人たちに俺のスキルを堂々と見せつければいいんでしょ?」
「見せつけちゃいましょう!」
拳銃型デバイスを取り出し『反転』を発動させる。
首を回し完全にリツカになったことを確認する。
お互いのカメラを起動させ、彼女の挨拶が終わるのを待ってからこちらの配信開始ボタンを押した。
「はい、こちらも開始しましたー」
「ということで今回はまずちょっとみんなに言わなきゃいけないことがあります」
俺が画面中央に来るとコメントが流れる速度が倍速に感じるほどになる。
もちろん中身は俺への批判コメントだ。
『出てくんなネカマ!』
『高校でも落ちぶれてるらしいな! 橘立花!』
『ユキナちゃんにまとわりついてんじゃねえよ!!』
「そもそもの経緯から説明するわ。私はただユキナさんをデュラハンから助けた通りすがりの一般人よ。付きまとってるなんて思うなら私のアーカイブを見なさい。そこでわかるわ」
『でもてめえ男だろ。「変身」野郎が』
「私のスキルは『変身』じゃない。いいよ、今から証明してあげる」
今だ批判の濁流が流れているコメント欄は無視してダンジョンの入り口に立つ。
「今から下層に行きます! 安全対策は行っているので心配しないでね! それにリツカ姉さ、リツカさんもいますから!」
「ここで私の姿が変わることがあったら存分に叩いてくれてもかまわないわ。ただ、今は、私たちを見ていて」
湧き上がるコメント欄を気にも留めず、ダンジョンの奥へと突き進んでいった。
下層、中層の魔物たちをすれ違いざまに蹴散らし、危なげなく中層のボス部屋へたどり着いた。
ボスはオークキングとその手下のオークジェネラルなどの派生種数十体だ。
正直、今なら負ける気がしない。
「お姉さま! 作戦はありますか!?」
「各個撃破! 以上!」
短く言葉を交わし群れに突っ込んでいく。
『反転』が本領を発揮するのはこのような乱戦だ。
目の前のオークに向けて発砲、すぐさま背後のオークと位置を『反転』しもう一発撃つ。俺の姿を追えなくなったオークの槍が他のオークに突き刺さる。
俺は素早く位置を入れ替えながら下っ端どもを蹂躙していった。
「残るはキングですか……」
完全にフェンリルに『転生』したユキナが肩で息をしながらつぶやいた。
彼女にとっては初めての中層のボス戦だ。緊張もある。疲労が溜まるのは仕方ない。
「────」
部下が全滅していてもオークキングはニヤニヤしながらあごひげをいじっている。
だが頭に王冠が乗っているだけのオークだ。倒し方は変わらない。
息がつまるような沈黙の後、俺は強く地面を蹴る。
待ってましたとでもいうようにオークキングはニヤニヤしたまま両腕を突き出した。
「リツカ姉さま! 後ろ!」
ユキナの声で振り向くと、目の前にオークジェネラルの両手斧が振り下ろされる。
反射的に位置を『反転』させ距離をとった。
「今、召喚しましたよね!?」
「オークキングがいる限り手下は無限に湧いてくるわ。けどそれだけよ」
息まく群れの中へ足を踏み入れ、チェスのナイトのように跳ねながらキングの足元に近づいていく。
「ほいっ」
気の抜けたセリフと共に打ち出された魔力の弾丸は的確にキングの頭を貫く。
オークキングの身体が崩れて、部屋の奥の扉がひとりでに開いた。
「ここからが下層よ。いける?」
「はい! リツカ姉さまがご一緒なら下層でも地獄でもどこへでもついていきます!」
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