第9話 炎上は光よりも早く

 翌日、いつものように教室のドアを開けると、クラスメイトの顔が一斉にこちらを向く。

 まるで陳腐なホラーゲームのような光景だが朝の教室で自分がくらうとなると戸惑いが隠せない。


 クラスメイトの視線をかいくぐるように席につき、何事もなかったかのように授業の準備を始める。

 何か俺に注目が集まっているが、どうせ雪菜がらみだろう。ミーハーな高校生どもは放っておけばいい。


「おい六花。あれ本当か?」

「朝から面白い回答はできないけど」

「いやいやいやそんなこと言ってる場合じゃねえだろ!?」


 いつものように頭頂部を柊の机にこすりつけるように背中をそらす。上下反対に見える柊の顔には困惑と疑惑が浮かんでいる。


「何のこと?」

「お前ユキナちゃんの配信のコメント欄見てねえのかよ?」


 鼻先が擦れるほどの近さで差し出されたスマホの画面にはユキナの配信と最強探索野郎という名のアカウントからの『先日のデュラハンを討伐した女探索者リツカの正体は国立開拓高校1年の橘六花である』というコメントが表示されていた。


 そのコメントの返信欄には、


『立花ちゃん男!?』

『ユキナちゃん、男に助けられたんか……さすがに襲われてたりしないよな?』

『ユキナに近づく男撲滅委員会です。この情報はフェイクではないですよね?』

『っていうかこの最強探索野郎っていう奴何者なんだ?』


「お前、あのリツカなの?」

「いや? そもそも性別違うだろ。俺が女に見える?」

「見えたら俺の目が腐っていることになるな」

「だろ?」


 とっさに性別を言い訳にして難を逃れた。

 誰だ? ユキナ……ではないか。彼女が犯人なら自分の配信のコメントに残す理由がない。配信上で言及すればいいし、それに自分のリスナーが騒ぎ出しそうな話題を話すとも思えない。


 でもそうするとユキナと会ったあの日、誰かに見られていたことになる。


 あれやこれやと思考を巡らせていると視界いっぱいにレオの大胸筋が現れた。


「おい橘ぁ。お前、女になれるらしいじゃねえか」

「そんなスキルじゃないことくらいお前も知ってるだろ」

「いいや、お前にはそのスキルがある。これをよーく見てみろよ」


 ギラギラと光る趣味の悪いスマホケースに縁どられた画面には茂みの隙間から見える俺とユキナの姿があった。

 俺がリツカに『反転』した瞬間が鮮明に撮影されていた。


「言い逃れできねぇよなぁ!?」

「その動画がフェイクじゃないって証明できる?」

「……クソが」


 捨て台詞を吐いてしかめっ面のまま席に戻っていった。


 誰でも動画や写真をAI技術で加工できる時代だ。ただ動画を見せられただけならフェイク疑惑を言い訳にできる。

 それにここで自分が撮りましたとでも言ったものならすぐに盗撮、名誉棄損あたりで訴えられる。


 一応は今言ったものをちらつかせながら隠し通すしかない。


 後ろで柊が「え? 嘘なん? 六花の男の娘見たかったー」などとほざいていたので顎に一発入れておいた。


「痛ってぇ……でも一つ忠告しておくわ」


 殴られた顎をさすりながらも柊のニヤニヤは変わらない。


「どこまでやれるか見せてくれよ」

「はぁ?」

「ほらこのままだと優等生に馬鹿面さらすことになるぞ」


 そっと扉を開け、少し目を泳がせながら雪菜がやってきた。

 とげとげしい視線にさらされながら自分の席に着くとカバンを抱えたまま動かなくなってしまった。

 普段なら休み時間中付きまとっている取り巻きたちも今日ばかりは遠目に見ているだけだ。


「どうするよこの空気?」

「何もできないよ。今俺が雪菜に謝罪したところで俺がリツカだということが真実のように見られるだけ。放っておくしかないよ」


 実際、この騒動の元はコメント主とレオだ。その根本から鎮静化を図らないと解決にはならない。


「大丈夫。俺が解決するから」


 非難めいた視線を向けて来た柊の表情が柔らかくなる。


「がんばれよ巻き込み被害者さん。じゃあ一つヒントだ。コメント主、多分レオ本人の裏垢だな」


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