第8話 すべては推しのために

「クソ、クソクソクソッ!!」


 帰宅後すぐに探索用装備を引っ掴んで悪態をつきながらダンジョンへ向かう。


「なんであいつがユキナちゃんに選ばれたんだよ……! 俺の女に手ぇ出しやがって……」


 そう、ユキナちゃんは俺の女だ。

 身長、体重から好きな食べ物、配信前のルーティンまで知っているこの俺こそがユキナちゃんの隣にふさわしい男だろうが!

 そもそも俺が狙っていたんだ。何回もアピールしてきた! あいつ含め数人をぶちのめしても振り向いてくれなかった。

 登録者数30万人の配信者でスキルも『怪力』、容姿も他の雑魚女に月1で告白されるほどのイケメンの俺が振られるなんてありえないだろ!?


「目の前で橘殴り倒せば取り戻せるんじゃね? まってろよユキナちゃん!! クソ豚陰キャから解放してやるからなぁ!」


 最短経路でダンジョンにたどり着き、奴らが待ち合わせる広場の隅にある木の裏に身を隠す。

 奴らがどのような話をするのかは聞いておかなきゃならない。

 もし万、いや億が一にでもユキナちゃんが橘に告白でもすればすぐに橘を殴り倒しに行く。邪魔な奴の排除とユキナちゃんへのアピールができる。一石二鳥だ。


 まだ二人とも待ち合わせ場所には到着していない。珍しく一人で帰宅してすぐにダンジョンに来たのだ。当然ともいえる。


 息をひそめて広場を観察していること数分、端のベンチに1人の男が座った。

 橘六花だ。ベンチへ腰を下ろすとすぐに目を閉じてしまった。


 いくらユキナちゃん相手だとしてもクラスメイトと会うだけでそこまで緊張するか?


「フン、やっぱ陰キャだなあいつ」


 思わず失笑してしまう。


 陰キャにユキナちゃんは似合わねえんだよ。そんなこともわかんねえのかあいつは? 力も人気も面白さですら俺に敵わないような奴が出しゃばってんじゃねえよ。


「ごめんなさい! ちょっと準備に遅れちゃって……!」


 来た! 

 必要のない謝罪を口にしながら橘の元へユキナちゃんが駆け込んできた。


 学校からそのまま来たのだろうか。ユキナちゃんは制服姿のまま。

 対して橘はというとモノトーンで地味っぽい服装だったが明らかに陰キャにしては気取ってきている。


 ほら、もうユキナちゃんはお前に興味ないってわかるだろ。さっさと察して、さっさと帰れ!


 しかし、橘は帰るどころかユキナちゃんに密着され上目遣いのサービスまでっ……!

 まだだ。まだ出ない方がいい。徹底的にユキナちゃんに橘を手玉に取らせてから殴り倒すんだ。今は耐えろよレオ!


 爪が手のひらに食い込むほど拳を握り、歯形がつくほど唇を噛みしめ、耐える。


 だがこのあとユキナちゃんのかわいらしい声で発せられた真実に俺は呆然と立ち尽くしてしまった。


「あのとき、デュラハンから助けてくれたの、橘くんだよね?」


 いやありえない。デュラハンってことは先日、他の雑魚探索者を助けようとしてユキナちゃんがピンチになっていたあのダンジョン配信のことなんだろうが、あの時助けに入ったのは女探索者だったはず。


「私、見ちゃったんだ。あの時助けてくれたお姉様の姿が橘くんに変わる瞬間」


 もう一度言おう。ありえない。橘のスキルは対象のむいている方向を操作するだけの雑魚スキルのはずだ。返信なんてできるはずがない。


 ユキナちゃんにスマホで証拠らしきものを見せつけられている橘の顔が引きつっているように見えた。

 まじで? だったら……!


「……!」


 何やらユキナちゃんとイチャイチャしていた橘と目が合う。

 気づかれた!?


 すぐさま頭をひっこめた。こちらへ向かってくる足音はない。偶然こちらを向いたようだ。陰キャの橘のことだ。ユキナちゃんと目を合わせられなくて視線が泳いだだけだろう。


 バレていないことを確信し、もう一度顔を出す。


「……少し落ち着け!」


 橘の焦って上ずった声が聞こえる。

 ユキナちゃんはなぜか橘に対して興奮しているらしく、身体をせわしなくくねらせている。


 次の瞬間、橘がユキナちゃんの手を取り、木の裏に隠れてしまった。


「くそっ見えねえじゃねえか……!」


 慌てて木陰から飛び出し後を追う。


 幸いすぐに隠れ場所は見つかった。

 あちらの姿は見えるが先ほどと変わらない距離にいるはずなのに一切声が聞こえてこなかった。


 しばらく橘はユキナちゃんに詰められてタジタジだったがおもむろに拳銃のようなものを取り出すと天に向けて発砲した。

 拳銃から出た弾は橘の頭上で崩壊し光となって橘の身体を包む。


「おいおいおい……まじかよ」


 光がほどけていった後に残されていたのは配信に映っていた女本人だ。

 つまり、橘があのデュラハンを手玉に取り完勝したのだ。

 俺でもパーティーを組んで作戦を立ててやっと倒せるレベルの魔物を一人で周りを守りながら倒していたのだ。


 いやな現実だが、今この場で橘に殴りかかっても勝てそうにない。

 そもそも俺はパーティーで活動していることが多い。そう、俺の得意分野での戦いでないなら負けてもしょうがないだろ。


「でもいい話が聞けたな……」


 あの女は橘が女装していただけの男だった。

 この情報だけでも価値はある。


「ユキナちゃんのアーカイブにでもさらせば橘は炎上だな」


 ユキナちゃんの登録者には特にユニコーンと呼ばれる女配信者から男の話を聞きたくない視聴者が多い。そんな中、橘のことを晒せば、あいつの社会的な居場所は消えるな。


 そんな絶賛炎上中な男なんかユキナちゃんも側に起きたくないはずだ。


「いいぜ、橘ぁ。お前を引きずり落してやるよ……」

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