第7話 フルスロットル優等生

「お姉様の勇姿をもう一度見たいんです!! もう一度だけ合わせてくれませんか!!」

「待て待て待て!! 一回落ち着け!」


 もう一度周囲をスキャンし、野次馬から逃れるように広場を離れる。

 今度こそ誰も見ていないことを確認して木陰に身を隠した。


「もう一度お願いできませんかお姉様!!」

「お姉様って言うのやめろ!」

「はっ、そうだよね……橘くん男の子だよね……」


 背中を丸めてしゅんとする雪菜。


「今日、私の前に襲われていた探索者さんたちもいるみたいで、合同でお礼を言おうっていう話になっているんですけど……ダメかな?」


 いやそんな男心をくすぐるような声で頼まれたら断る男子はいないだろうな。もし出来たらそいつは女子に興味がない奴だ。


「まあ、いいよ。その代わりにこのことは内緒にしてくれよ」

「もちろんです! お姉様のためなら!」


 なぜか目をらんらんに輝かせている雪菜の前で拳銃型デバイスを頭上に掲げ、『反転』を発動させた。

 謎の光の中で骨格が丸くなり肉付きが変化していく感覚に集中する。


「……これでいいかしら?」

「お姉様!! 先日はありがとうございましたぁ!! それで連絡先など……!」

「いや、私と橘六花は同一人物よ?」

「やめて! その現実は時に私を傷つけます! でも男の子でお姉様でしょ……? 一粒で二度おいしい……?」


 何やら目をそらし雪菜はニヤニヤとオタクじみた笑みを浮かべていた。


 学校で見る清廉潔白の優等生像からはかけ離れたような、いつも会話の中心にいるような陽キャ感からは想像もできないような笑い方。

 これが本来の雪菜なのかもな。


「あー、大丈夫?」

「はっ、はいっ!? じゃあ、探索者さんたちの元へ向かいましょうか!! はっ……! 顔近かった……!」


 もはやキャラ崩壊どころでない雪菜の背中を追い、ギルドの休憩スペースへと向かっていった。


「おお! 来てくれたのか!! あの時はありがとう! いやあ君がいなかったら私たちもそこの彼女も死んでいたな! あっはっはっは!!」


 助けた探索者グループのリーダーらしきひげ面の男が豪快に笑う。


 ひげ面の男は「俺は前田豪だ。よろしくな」と言いながらごつごつしたいかにも頑丈そうな手で私の手を包み込むように握手した。


 リーダーの前田さんはじめ、長身眼鏡のいかにもインテリな渡辺さん、ごつい筋肉の塊のような三条さん、柔らかく包み込むような笑顔がかわいらしい山田さんの四人で普段からこのダンジョンに潜っているらしい。


「だがなあ中層のそれも上層に近い地点にデュラハンなんぞが現れたなんて聞いたことがねえんだ」


 首をひねりながら前田さんが考え込む。


 俺の父親もこのダンジョンを拠点にしていたけどデュラハンが出現するということすら聞いたことがないな。


 考えられる可能性は2つ。


 このダンジョンに異常事態が発生している。

 もしくは、誰かがデュラハンをこのダンジョンに呼び寄せたか。


「そういえば嬢ちゃん、名前はなんていうんだ?」

「リツカ。苗字は今は言いたくない。ごめんなさい」

「いやいいんさ。リツカか。ふむ、君はあれなのか? いわゆる配信者ってやつなのか?」


 助けた時点でもうバレていることはわかっていた。


「そうよ。でも生存確認が主な目的だからユキナみたいな人気者じゃないわ」

「そんなことないですよ! お姉様の実力と美貌があれば登録者なんてうなぎ上りですって!!」

「それはそうかもしれんなぁ! リツカの嬢ちゃん!」


 俺の両手を握りきらきらと目を輝かせているユキナがさらなる追い打ちをかけた。


「今週の日曜、一緒にダンジョンに行きましょう! コラボですよ! コラボ!」

「い、いや私あんまり配信に興味ないんだけど……」

「みんなの前でお礼をきちんと言いたいんです! お願いしますよー!」


 俺の腕をぶんぶん振りながら懇願するユキナを見るに俺が了承するまで腕を解放してくれないだろうな。

 助け舟を期待して前田さんの方へ目を向けるが、前田さんもパーティーメンバーと、生存確認用に配信やってみるかぁ、と熱心に議論を始めていてこちらを助けてくれそうにない。


「わかったわよ。ただし1回だけね? この格好だってもとは身バレを防ぐためなんだから」

「やった!! 約束ですよ!!」


 今にも小躍りしそうなほど喜ぶユキナを見ながら、初コラボがあの有名配信者ユキナであること、当然湧いてくるだろうアンチコメントを想像して俺のテンションは底が見えるほどまでに下がっていった。

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