第6話 あれ? バ美肉×美少女の百合あるか?
放課後、俺は雪菜と約束した通りダンジョン入り口の広場にいた。
なるべく目立たないよう、私服に着替え人ごみに紛れる。
もしかしたらのことを考えてポケットには愛用の拳銃型デバイスを突っ込んである。
『広場のベンチで待ち合わせでいいかな?』
彼女から来た連絡を見返し、深くベンチに腰掛けた。
10分前くらいからダンジョンへと入っていく人々を眺めているが、装備に身を包んだ探索者たちがやってくるだけで雪菜の姿はない。
まあ女子の支度は時間がかかるって言うし俺もこの後の予定があるわけでもない。気長に待つか。
そもそも雪菜が来るのだろうか。
クラスメイトには確実にバレている。
学校どころかこの日本における有名人とどこの馬の骨かもわからない平凡学生が二人きりで会うのだ。確実に野次馬は来る。
いやそれどころか俺に殴りかかってくる奴がいそうだな。
小さくため息をつくと俺は瞑想を始めた。
『反転』の本質は対象の性質の書き換えだ。
対象の情報を読み取ることは発動の必須条件。
つまり、『反転』によって物体の情報を抜き取り、認識することが可能なのである。
瞼を隔てた先の空間に意識を薄く延ばすように広げていく。
俺が情報を抜き出せる範囲は1種類の情報を抜き出すだけでもせいぜい半径5メートルほど。抜き出す情報の種類が増えれば増えるほどその範囲は狭まっていく。
さらに閉じた目を凝らし、輪郭の情報だけを本棚から本を抜き出すように取得していく。
やっぱいたな。
後ろの植え込みの裏に2人、広場の端の木の裏に1人か。案外少ないな。
野次馬がいる中、有名人と密会する勇気なんてものは持ち合わせていないから今すぐにでも逃げ出したかったがここで逃げても約束を破った汚名を着せられそうで立ち上がるにも立ち上がれなかった。
他に野次馬がいないか探し始めてしばらくした後、俺をこんな半殺しの刑に処した張本人の声が聞こえた。
「ごめんなさい! ちょっと準備に遅れちゃって……!」
「大丈夫。俺も今来たところだったから」
顔を上げると普段と変わらない制服姿の雪菜の姿があった。
全力でおしゃれしてきた自分が恥ずかしくなるだろ。
「ん? 顔少し赤くない? 具合悪いなら帰ろ?」
「い、いや大丈夫だから。それよりも本当に待ち合わせ場所がここでよかったのか? 目だとそうだけど」
現にもう野次馬がそこら中にいるのだ。
まだ野次馬が高校の奴らだからましだが、知らない奴にバレて熱愛報道なんてことに……まあ、関係ない俺が杞憂しても意味ないな。
「なんちゃらを隠すなら森の中でしょ? 逆にこういうところの方が見つからないよ。堂々としてればね」
学校の一件でもう見つかっていることは彼女のドヤ顔に免じて心に閉じ込めておく。
雪菜は両手をもじもじさせながら上目遣いで覗き込んでくる。
「あのね……あんまり触れちゃいけないと思ったんだけど、どうしても直接お礼を言いたかったの」
これから彼女の口から発せられる言葉を想像し、背筋に大粒の汗が流れる。
「あのとき、デュラハンから助けてくれたの、橘くんだよね?」
「……なんでそう思う?」
跳ね回る心臓を押さえつけるように冷静に聞き返すと同時に周囲に『反転』を発動、大気を反転させ、真空のドームを生成した。これで一応の防音はできる。
雪菜は目をそらすと申し訳なさそうに、
「私、見ちゃったんだ。あの時助けてくれたお姉様の姿が橘くんに変わる瞬間」
落ち着け。まずは経緯を聞こう。
学校一の優等生美少女が俺を嘲笑う展開にはならない、と思いたい。
「あ、いや別にみんなに言いふらすとかそんなことしないから! ただ助けてくれたお礼が言いたかったのと……」
耳元から感じる彼女の息遣いと体温に体中の筋肉が硬直する。
「またあのお姉様の姿になってくれませんか? お近づきになりたいんですけど」
「い、いや。その人のこと知らないんだけど」
「白々しいですね……証拠の動画もありますよ! ほらっ!」
雪菜が豊かな胸を張ると同時に彼女のカバンから小型ドローンがスマホを掲げて飛び出してきた。
画面にはまさにリツカが俺の姿に戻る様子が鮮明に映し出されている。
「橘くん、いえリツカお姉様! もう一度お姉さまになってくれませんか!」
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