第5話 キモオタ陽キャとかいうよくわからない奴
雪菜が自席に戻り、面倒ごとの予感から解放された余韻に浸っていると再び目の前に胸が現れた。
今度は眼前で披露されると不快感をかきたてるようなムキムキの大胸筋だったが。
「おい、橘」
野太い声が頭上から降り注ぐ。
一色レオ。こちらも探索者育成プログラムのクラスメイトだ。配信者としてもそのスキル『攻撃力強化(特大)』から繰り出される豪快な戦闘で人気を得ているようだ。
ただ──
「なんでお前みたいな陰キャに雪菜ちゃんが話しかけてんだよ! てめえ何した!?」
「いや、何もしてない」
俺の胸倉をつかみ、底を這うような声で脅しをかけて来る。
「雪菜ちゃんは俺の女だ。てめえみたいな底辺が相手にしていい女じゃねえんだよ。わかったか? あぁ?」
「いや、相手にその気持ちはないと思うけど」
「口答えするんじゃねえよ!!」
レオは胸倉をつかんだままもう一方の手で俺の頭を柊の机に打ち付けた。衝撃でかすむ視界からでもクラスメイト達が知らないふりをしているのがわかる。
いつの間にかクラスは静まり返っている。
誰も巻き添えを食らいたくないのだ。次の標的が自分に来るから。
今回は俺がサンドバックに選ばれてしまった。
でも一番の被害者は柊だろう。目の前でカースト1位の奴が暴れているのに逃げることすら敵わないんだから。
額同士がくっつきそうなくらいの距離でレオはにらみつける。
「知るか。ともかくお前が話していい人間じゃねえんだよ。いいな?」
「わかったよ」
素直にそう言うとまだ暴れたりないのか不満げな顔で取り巻きたちの元へ戻っていった。
「六花、お前いつから人気者になった?」
「そう見えるんだったら精神科行ってこい。感性が壊れてる」
「お前は人に八つ当たりするような奴じゃないよな?」
再び机に後頭部をこすりつけることになった俺を見下ろしてニヤニヤする柊。
さっきまでレオにビビッて固まってたくせに。
「柊のそういう変わり身の早さは人間離れしてると思うよ」
「言うねえ。でも気を付けた方がいいのはマジだ。最近のあいつについて黒い噂しか聞かないんだよ」
俺の耳もとに口を近づけ、柊は声を潜める。
その視線の先には俺に怒っていたことなどもう忘れていそうなほど爆笑しているレオの姿があった。
「さすが『ポップソナー』さんだな」
「まあな。んでその黒い噂ってのがあいつと配信サイトの運営が裏稼業で稼いでるって話」
「レオのチャンネルが不正しまくってるってことか?」
運営とつながっているのならば自分のチャンネルをお勧め欄に表示させやすくしたり企業とのタイアップ案件をもらいやすくなったり、チャンネル登録者ですら改ざんできるだろう。
だが柊の回答は俺が思い描いていたものとはかけ離れていた。
「いやいや。そんな生ぬるい話じゃない。あいつら配信者の個人情報を売ってるんだってさ」
配信サイトにチャンネルを作るにはメールアドレスや電話番号を登録する必要がある。
そのリストをマーケティングの会社だったり、最悪、詐欺グループなんかに売っているのだろう。
「だから俺たちもレオには気を付けないとな。学校なんて個人情報の塊なんだからさ」
そう柊が締めくくると同時に俺のスマホから気の抜けた着信音がなった。
ホーム画面に表示された名前は、白宮雪菜。
『放課後絶対に来てね? 早くあなたに伝えたいの。レオ君は私が後で何とかしておくから! お願い!』
彼女に何か感謝されるようなことをした覚えがまったくない。
まさかユキナを助けたことか?
いやまさか優等生を体現するような彼女が俺の配信なんて見てるわけがない。
そう考えていると彼女から再びメッセージが送信されてきた。
『ダンジョンで助けてくれたことのお礼が言いたいの』
思わず雪菜の席へ目を向ける。
彼女は小首をかしげながらはにかんでいた。
「何見つめ合ってんだよ!! 手を出すなって言っただろうが!」
俺たちの目線があっているのを目ざとく見つけたレオが俺の胸倉をつかみ持ち上げる。
「お前、脳みそつまってねえんじゃねえの? さっき言ったよな? 手を出すなって言ったのが聞こえなかったか?」
レオの拳がみぞおちにめり込む。
「ゲホッ……」
「……フン」
小馬鹿にしたかのように鼻を鳴らすと俺を放り投げレオはまた戻っていった。
「お前、変なファンがついちゃったな。ドンマイ」
柊、お前は早く精神科行ってこい。
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