第4話 多分これが普通の高校生活だった。
月曜日、何事もなかったかのように登校する。自分の机のフックに荷物をかけ、ぼんやりとスマホを眺めながら始業を待つ。
有名人を助けた翌日だとしても俺の日常はほとんど変わっていない。
高2になってもクラスの隅にいることも含む。
唯一普段と違うのは、妙に浮足立っているというか不安がっているような雰囲気が教室に蔓延していることか。
そうこうしているうちに一つ後ろの席のクラスメイト、村雲柊が登校してきた。
柊は席に着くや否や俺の頭を鷲掴みにして引っ張った。
目の前にへらへらとした笑顔と朝日を反射して光る銀髪が広がる。
「なあ、昨日の話聞いたか?」
「昨日……?」
「あ、知らないのか。じゃあ悪い知らせと良い知らせどっちからがいい?」
「どちらかというと悪い知らせからがいいか」
柊の顔がすっと真顔に戻る。
「B組の真中たちがダンジョンに入ったきり行方不明だってよ」
「いつから?」
「土曜から」
「死んでるな」
「だろうな」
彼らは探索者としても配信者としてもそこそこ有名な奴らだったと思う。彼らが行方不明になるということは相当深くまで潜ったのだろうか。
「真中の配信が中層の縦穴付近で止まっているらしい。配信の最後には魔物の叫び声も聞こえたらしいし中層と下層の境界付近でくたばってる可能性が高いってさ」
「探索強化生徒だろ? 中層のボスくらいでやられるとは思えないけど」
ちなみに探索強化生徒とはこの高校の探索者育成プログラムに選抜された生徒のことだ。探索プログラムでは主に下層、ダンジョンの最奥に鎮座するダンジョンボスを討伐するべく熟練の探索者から探索のイロハから各生徒のスキルにあった鍛錬までを習う。
スキルテストに合格すれば一応誰でも加入できるが、時間に縛られて鍛錬する気にはなれなかったので申請すらしていない。
そんなエリートコースに身を置いていた強者パーティーが中層で消えるなんていうこと自体、違和感がある。
配信を盛り上げようと縛りプレイでもしていたのだろうか。
しかし、同年代のしかも同じ高校の探索者パーティーが行方不明になって、クラスに不安がはこびっているのもうなずける。
柊はパッといつものようなへらへらした笑顔に戻る。
「んで、良いニュースだ。昨日のユキナちゃんの配信見たか?」
「い、いや?」
背中を流れる冷や汗を隠すように後頭部を机にこすりつける。
「ユキナちゃんも中層でデュラハンに遭遇したんだよ。当然、ピンチじゃん? そしたらさ来たんだよ!」
「な、なにが?」
「めっちゃ美人の探索者がさ、デュラハンを一瞬で片付けたんだよ! アーカイブFINEで送っとくから見とけよ!」
誰が見るか。
早口でまくし立てる柊を適当にあしらい、話を戻す。
「うちもだいぶ減ったよなあ。まあ探索者育成してるし、しょうがないかぁ」
「嘆いてもしょうがないぞ」
「冷たいなー。探索者ってのは薄情なんですかねえ」
軽口をたたく柊と共にクラスを見渡すが事実として明らかにその数は減っている。このクラスの半数以上が探索者、またはそれを志望する生徒だ。探索者が常に死と隣り合わせのことぐらい覚悟できているはずだ。
「やっぱり柊は探索者にならないのか?」
「ムリムリ。俺のスキルは探索向きじゃない」
戦闘系だとよかったんだけどなあと柊がぼやく。
彼のスキルは『ポップソナー』
一定範囲内の生命体を検知できるらしい。これはこれで狭く入り組んだダンジョンであれば活躍できそうなスキルだと思うがどうも本人にとってはお荷物という認識らしい。
将来は大学で情報技術を学ぶとか。
「ほらそんなことより優等生さんのご登場だ」
白宮雪菜。やわらかな雰囲気にメリハリのついたプロポーション。高校内屈指の美人だ。彼女にちょっかいをかけて散っていった男は山ほどいるという噂もある。
探索者育成プログラムに所属している同級生ということだけでも他の生徒よりは目立つ存在なのにその上有名配信者として時代の潮流に乗るスターだ。
その配信者名はユキナ。俺が助けた張本人。
その美貌もあって学校内でも多くの男子に言い寄られているらしい。ただそのことごとくが無残にも彼女のプライベートすら見れないまま散っていった。
見事に散っていった柊によるとユキナもとい、雪菜の友人たちも彼女のプライベートを誰一人として知らないらしい。
また彼女のスキルも獣系のスキルと可愛くも強くもある、ある意味勝ち組スキルとも言われているスキルも持ち合わせているという完璧ぶりだ。
獣系のスキルは単純な身体強化だけで魔物と渡り合えるスキルが多くまた魔法系のスキルのように味方を巻き込む心配もないためダンジョン攻略という点において最優のスキルとされている。
そんな完璧を擬人化させたような彼女に人気が集まるのは当然と言えるだろう。
「おい、優等生が劣等性に向かってきてるんだけど!」
「誰のことだよ」
「お前だよ!」
「失礼な。一発顔面に食らうか?」
「そんなこと言ってる場合じゃねえって!」
机にこすりつけたままだった首を戻すと目の前には制服のYシャツに包まれた豊かな双丘とその上を滑り落ちるギリギリで乗っているネクタイが織りなす絶景が広がっていた。
「橘くん、よね?」
「そうですけど。何か用ですか?」
今、胸と会話している。
「その、大したことじゃないんだけど……。ほ、放課後ダンジョンまで来てくれる!?」
雪菜の上ずった声は案外、やかましい教室でも響き渡るようだ。
クラスメイトからの羨望と驚愕がブレンドされた視線の熱波を浴びながら、俺は口を開く。
「いいけど、どうして?」
「じゃあ、お願いね!!」
「え、ええ……?」
俺の質問を待たず雪菜は自分の席に戻っていってしまった。
「よかったじゃん。劣等性が気に入られることなんてラノベの中でしかないぜ?」
一旦こいつはしばきまわした方がよさそうだな。
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