第3話 ユキナの反芻

 助けた探索者たちが治療室で処置を行っている間、ユキナは待合室のソファで先ほどの出来事を反芻する。

 今日は週に1度のダンジョン探索配信の日だった。今日はどこまで潜ろうかとワクワクしながら配信準備をしていた。

 いつも通り、回復ポーションと包帯を多めに持って、ダンジョンに潜り込んだ。最近は中層上部の敵なら難なく倒せたから中層の下部まで行くことにした。

 新しくフェンリルにも転生できるようになり、戦力も十分、油断しないように気を付けてもいた。

 しかし、結果的には身に余る魔物の前に飛び出してしまった。


 初め、あの探索者たちが襲われていたのだ。私が見た時にはすでに1人は倒れて動いていなかったし、他の人たちもまともに戦える状況ではなくて、とっさに助けに入ったのだ。


 相手はデュラハン。その存在は知っていたが、本来なら下層での目撃情報がない魔物だったはず。魔物が本来の生息域を離れて浅い階層までのぼってくるなんて事例は聞いたことがなかった。

 探索者たちを追ってきたのか、それともダンジョンの異常で中層に出現したのか。

 どちらにしても私もあの人たちも運がなかった。

 しかし不幸中の幸いかあのお姉様が助けてくれた。


「でもすごかったな。あんなに簡単に倒しちゃうなんて……」


 彼女の戦闘を思い出し、そう呟いた。

 探索者4人と私で戦ってもなおダメージがほとんど入っていなかったデュラハンが不意打ちとはいえあのお姉様に赤子の手をひねるかのごとく一方的に倒されてしまった。急に目の前にお姉様が現れたと思ったら、次の瞬間にはデュラハンが吹き飛んでいた。

 おそらく彼女のスキルなのだろうがどのようなスキルなのか皆目見当がつかない。

 デュラハンとの戦いですら臆することなく加勢し瞬殺する実力、あの人は確実に下層、いやそれ以上のレベルの探索者なのかもしれない。


「かっこよかったなぁ」


 後姿を思い出し思わずつぶやいていた。

 ぴっちりした探索用の服に包まれたスレンダーな長身。片手にラムネ瓶、もう片方の手に拳銃型のデバイスを持ち片手間に倒していくスマートな立ち姿。

 クールな性格も相まってもはや配信者としてキャラが完成されている。

 わたしにはないクールな雰囲気がうらやましい。

 もはや私の心は彼女の虜になっていた。


 ふと、視線の端でふよふよと浮いているカメラに今更ながら気が付いた。


 あれ? 配信切ったっけ? ハッとしてカメラをひったくる。

 急いで画面を確認すると案の定、配信はつけっぱだった。


『気づいた!』

『配信切り忘れてるよー』

『みんな大丈夫だった?』

『助けてくれた人は?』


 滝のようにコメントが流れていく。


「切り忘れててごめんね! みんな無事です! 助けてくれた人は、もう帰っちゃったみたい」


 カメラに向かって手を合わせ謝罪した。


『しょうがないよ』

『みんな無事でよかった!』

『正直危なかった……』

『あの女探索者ヤバくない? デュラハンってあんなに簡単に倒せるもんなん?』

『いや、ユキナちゃんですら苦戦してんだぞ。簡単なわけない』


 ユキナや助けた人たちの無事を確認してほっとするコメントに混じってあのお姉様についての憶測が飛び交う。


「あの人は誰なんだろ? ちゃんとお礼言いたかったけどすぐにいなくなっちゃったしな……」

『あの探索者の後ろにカメラが見えた気がする!』

『配信者か? たすけて特定班』

『特定班を特殊召喚!!』

『ちゃんとお礼言いたいね』

『あの探索者とコラボ?』

『デュラハンを倒すくらいの猛者だろ? 話聞いてみたい』

『……ハッ!? 性癖にぶっ刺さってて死んでたわ』

『あの人好みだなーお姉さまー!! って呼びたい』


 言及すると、コメントがお姉さまのことで一色になった。

 何人か同志を見つけ心の中でハイタッチしておく。


「そうだね。私もきちんとお礼を言いたいし、また会う機会があったらコラボさせてもらおう」


 そもそも外見以外何も知らない相手だ。コラボできる日が来ない確率の方が高い。

 だがこれでもう一度会う建前は出来た。


『あった!! 彼女の配信あったぞ! 『リツカCh』!!』

『本当だ!』

『え? あの実力と見た目で登録者200人?』

『特定班ナイス!』


「え? 本当に見つけたの!?」


『まだダンジョン近くにいるっぽい!!』

『もう終わりの挨拶してるね』


「ちょ、探してくる! 今日の配信も見てくれてありがと! じゃあまた明日!!」


 配信を切り、駐在しているスタッフに声をかけ、駆けだした。


『転生』で鼻だけフェンリルに変え匂いをたどる。

 彼女の匂いはラムネの匂いが強くてすぐに思い出せる。


「いた! この木の裏!」


 まだ配信切っていないかも、と思いそっと木陰からのぞく。

 目に入った光景に私の心臓が跳ね上がった。


 お姉さまが光のシャワーに包まれた次の瞬間、見知った顔が出てきたのだ。


「え? どういうこと? ……橘くん?」

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