第2話 バ美肉が救出したのはケモノ変身少女

 その剣は岩壁から巻き戻し再生されているかのように縦穴の奥深くへと戻っていく。

 すかさず、その後を追うと縦穴の中腹でアクロバティックに舞う金髪の少女とその少女の何倍もの体積のあるデュラハンが戦っていた。


 少女の方は見たことがある。登録者数1000万人超え人気配信者のユキナだ。

『Sウォッチ』の筆頭配信者である彼女はダンジョン配信、雑談、歌枠と幅広く活動している。中でもダンジョン配信では下層ソロ攻略経験もある実力と幻獣に変身できるスキル『転生』によるきらびやかな戦闘風景で人気を博しており、配信の切り抜きだけでも200万回再生はくだらない。


 そんな彼女が今、目の前でデュラハンと戦いを繰り広げているのである。

 本来であれば下層、それも最深部に近い場所に出現する魔物だ。

 彼女の実力は中層のボスをやっとソロで討伐できる程度だったはず。デュラハンが相手では逃げることすら絶望的だろう。


 いまや彼女はデュラハンの足元に転がり、デュラハンの頭上には先ほど飛んできた剣が掲げられている。


 違う、分析している場合じゃない。


 ふと脳裏に探索者だった父親の言葉がよみがえる。


『探索者は本来公共の利益になるものをいただいているんだ。いただいた分は自らの命をもって返していけよ』


 人気配信者の彼女の命、ただの探索者の俺の命、どっちが……いや自明か。

 手っ取り早く盾になりに行こう。


 固形ラムネを口に流し込み、手ごろな石を彼女に向かって投げつけた。

 俺のスキル『反転』は物体の位置、性質を反転させる。それこそ現代科学では再現しようがない魔法のようなスキルだが、何も俺に影響なく発動しているのではない。

 特に位置の反転は反転先と自分の相対的な座標を大まかに俺の脳で計算し、座標を数学的に割り出してやっと発動できる。

 つまり、発動するだけで脳がはちゃめちゃに疲れる。

 ブドウ糖の補給が欠かせないのだ。


 彼女の目の前に石が落ちたのを見計らって『反転』を発動。

 固形ラムネを貪りながら今度は振り下ろされるデュラハンの剣に向かって「ベクトル反転」を発動させた。


「──!?」


 自分自身のパワーをそのまま返されたデュラハンは不気味なうめき声をあげて岩壁まで吹き飛ぶ。

 すかさず『性質反転』でデュラハンの身体を死者から生者に反転させ胸に銃弾を撃ち込んだ。


 デュラハンが消滅したのを確認し、『反転』を解除する。

 脳内はもうショート寸前。アイテムだったら無敵になれそうな星が目の前に浮いている。


 激しい脱力感を押しのけるようにしながらユキナのもとへ向かう。


「大丈夫? けがはない?」


 安心したのか、腰が抜けたようにへたり込んだ姿のユキナの手足はまだ純白の毛皮で覆われていた。大きなけがはせずに済んだようだ。


 周りを見ても彼女の仲間らしき人はいない。


 ここまでソロで来たのか。


「わ、私の前にも探索者さんがいたんだけど……大丈夫かな……」


 彼女も助けに入った側なのね。


「あなたはそこでじっとしていて。私が探してくるわ」


 デュラハンがのぼってきたであろう道を下っていくと案外すぐに目当ての探索者パーティーが見つかった。

 パーティーの4人のうち3人は無事みたいだが、残りの一人の背中がざっくりと裂けていた。

 まともに食らったのか。


「デュラハンは倒したわ。そちらの子、息はある?」

「脈が弱まってる!! 頼む助けてくれ! 対価ならなんでも払う!」

「大丈夫よ。落ち着きなさい」


 もう一つラムネの瓶を取り出し、固形ラムネを嚙み砕き、負傷している一人の頭に触れる。

『性質反転』

『負傷している』という性質を反転させ「回復している」という性質を付与。虚脱感でかすんだ視界の先にかろうじてふさがった傷口を確認できた。


「治ってる……! ありがとう……ありがとう……!」

「礼はいいから、上まで運ぶわよ。あなたたち担げる?」


 そう言ったはいいものの他の三人もところどころ負傷しているし、体力も残っていないはずだ。

 ちなみに俺ももうラムネが尽きて『反転』を発動できそうにない。


「どうするか……このままだとまたいつ魔物が来るか……」

「大丈夫。あたしが運びます」


 凛とした声に振り返るとフェンリルに『転生』したユキナがたたずんでいた。


「ありがとう。じゃあお願いできるかしら」


 ニコニコしている普段とは異なりきりっとした表情のユキナが背中に負傷者を抱え縦穴を登っていった。他の探索者たちも突然現れた人語を話すフェンリルに戸惑いの表情を浮かべながらも後についていく。

 それから俺たちは、そろってダンジョンの入り口まで到達した。道中のモンスターは探索者たちと協力して討伐していった。


 外へ出ると、仮説のダンジョンギルドまで向かい、治療所のベッドに寝かせ、そこで探索者たち、ユキナと別れた。


 誰もいない茂みに転がり込み自分自身にかけた『反転』を解除しへなへなと木にもたれかかった。


 切っておいた配信のアーカイブを一応確認。

 無駄によく撮れているだけでプライバシーにかかわるようなものは何も映っていない。


 ただ再生回数が113回。普段の数十回と比べると明らかに伸びている。


 コメントにも、


『ユキナちゃんを救ってくれてありがとう! 強くて優しいお姉さんが性癖に加わっちまったよ』


 えぇ……俺で性癖開花すんなよ。


 ドローンカメラをバッグにしまいダンジョンをあとにした。

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