タバコサウルスのさいご

かいばつれい

タバコサウルスのさいご

 タバコサウルスは三度のごはんよりも煙草を吸うのが大好きでした。

 大人になってから吸い始めた煙草は、当初は三ミリを二日にかけて一箱吸っていましたが、今は一六ミリの煙草を多いときに一日、五箱も吸っています。彼にとって煙草はかけがえのない友であり、恋人であり、母でもありました。

 まさに彼は、煙草さえあれば生きて行ける重度のヘビースモーカーでした。

 しかし、彼には最近、悩みがありました。

 それは煙草の値上げです。

 ほんの六年前は四二〇円だった煙草は毎年値段を上げ、五四〇円にまで上がってしまいました。

 この一二〇円の差は、タバコサウルスにとっては大きな数字です。

 仕事でもらえるお給料から税金、社会保険料、最低限の食費、自宅の家賃、電話代など衣食住に必要なお金を引くと、いくらも残りません。その残ったお金から煙草を買うとなると、今のペースでは一ヶ月も持たないので、タバコサウルスは仕方なく、吸う本数を二箱分減らすことにしました。

 「どんどん値上げしやがるとは。昔は煙草が一〇〇円かそこらで買えたとか親父が言ってたな。どうやらおれは生まれる時代を間違えちまったらしい」

 嘆いても煙草の値段は下がりません。タバコサウルスは吸い殻をすぐ捨てずに取っておいて、吸いたくなったらそれを咥え、吸いたい衝動を抑えることで煙草を節約しました。

 ですが、煙草が値上げするたびに、一人また一人と禁煙する者が増え、タバコサウルスの仲間は日毎に減っていきました。喫煙者が減ると、企業は少ない販売数から利益を出さなければならないため、煙草の値段は一箱千円を越えても上がり続け、一万円になると、ついに誰も煙草を買わなくなりました。

 

 煙草を売る企業は倒産するか、全く異なる事業を始めてしまい、煙草は販売されなくなりました。

 「ちくしょう、なんたってこんなことになるんだ。おれの守護神が、聖母マリアが」

 タバコサウルスは大切なものを奪われた気分でした。

 「煙草が害なら、なんで普通に売ってやがったんだ。いっそのこと、ヤクみてえに違法にしちまえば諦めもついたんだ。これじゃあ、いじめじゃねえか」

 もう煙草は彼の手に届かない、天空に浮かぶ星座になってしまいました。

 タバコサウルスは、仕事をやめ、食事を取らず、家にすら入らずに、何もない原っぱで横になりました。

 彼のポケットには一本だけ煙草が残っていました。

 タバコサウルスはその最後の一本に火をつけ、ゆっくりと吸い始めました。

 夜空の星々を見つめ、星座になった煙草を探そうとしましたが、すぐにやめました。

 「いや、まだだ。まだ煙草は星座になっちゃいない。なんせ、今ここでおれが吸ってるからな。こいつが終わったら、煙草の星座ができるだろうよ」

 タバコサウルスは、ヤニが肺に、脳に、血液にしっかりと行き渡るように深く深く吸いました。

 煙草はみるみる短くなり、とうとう吸い殻になりましたが、彼はそれを口から離さず、微かに残る煙草の風味を最後までしっかり味わいました。

 「ああ美味かった。これでもう心残りはない」

 すっかり満足したタバコサウルスは煙草を咥えたまま、その場で眠ってしまいました。

 

 その後の時代で、タバコサウルスのような喫煙者が現れることは二度となく、現在、煙草と喫煙者のことを覚えている人は誰もいません。

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