#10 Romanus of Chaos
「大賊、ギン・リカルドが聖域内に突如現れましたっ!」
「ば、馬鹿な……っ!」
地揺れの後、聖堂中に響いたギンの咆哮と、慌てて報告にやってきた聖騎士の言葉に大神官ザナドゥの視界が揺れる。
「どうやって
「や、奴等は地中から現れたようで、恐らく離れた場所から聖域直下まで穴を掘ってやって来たものかと……!」
「穴だとぉっ!? おのれぇっ……主を汚す薄汚い賊めがぁっ!」
万全の体制で迎え撃つつもりだった聖堂勢力が見事に出し抜かれ、地べたどころか地中を這いつくばる虫と揶揄するのが精一杯のザナドゥ。
外では聖騎士と賊の戦いが既に始まっており、逃げ惑う神官の悲鳴と激しい戦闘音が入り混じって大混乱の様相を呈していた。
「聖サラディンより猊下を守護するようお言葉を賜っております! ここは危険です、今すぐここを離れるべきだと愚考します!」
いかに聖堂の敷地、いわゆる聖域に現れたとはいえ、ここには大勢の聖騎士がいる。その上、ロマヌスの最高戦力であるエーデルリッターが二人もいるのだ。
「聖騎士は国軍や傭兵とは比べるまでもなく強い! いかに餌に飛びつかなかったとはいえ、賊は袋の鼠! ここ以上に安全な場所があるはずがなかろう!」
そう叫び、賊に追われて聖堂を離れるなどあり得えないと固辞した矢先、次の報告がザナドゥの豪奢な居室に飛び込んできた。
「猊下! 混戦故はっきりと分かりませんが、少なくとも賊の数は百を下りません! そ、その上っ……ほぼ全員が覚醒者だと思われます! いつ突破されてもおかしくない状況でございます!」
「なっ……!?」
ドサッ―――
信じられない報に、ザナドゥは思わず腰を抜かして尻餅をつく。
町の火の手は聖騎士を聖堂から遠ざけ、戦力を分散させるための賊による陽動だった事も知らされ、全ては悪鬼の掌にあると早々に悟らざるを得なかった。
「猊下、お気を確かに!」
(おのれおのれおのれぇっ! カビの生えた下郎めがぁっ! あれは……あれだけは始末せねば……っ!)
「儂はここを離れるが、神塔への侵入だけは何としてでも阻止するのだっ! 叶わぬのなら……入口で待ち伏せ、出てきた者全員を主への供物とせよ! いいか、全員だ! 貴様らは絶対に中に入ってはならんぞ!」
「ぞ、賊の狙いは宝物庫では―――」
「二度言わせるでない! 塔だ! よいな!」
「は、はっ!」
無意識に噛んでいた親指の爪の先を噛みちぎり、ザナドゥは聖騎士に支えられて自らの居室を後にする。
程なくして賊が聖堂を襲撃、大神官が聖堂から退去したという噂は聖都中に広がり、火の手の上がる聖都はたちまち大混乱に陥った。
◇
文字通り、火事場泥棒とはこの事か。
大賊ギンの出現により、早々に町の火の手が陽動だったと見抜いたイェール。
(主よっ、我欲を貪る我にどうか罰をお与え下さい!)
力を持つ者として、本来なら賊と対峙せねばならない中、ジェリトリナの行方を追うという私欲ために混乱に乗じて高官らの区画に侵入している。
部屋に入るなりすさまじい速度で資料をめくり、それらしい記述は無いかと必死に情報を探した。
(違う……これも、これも、これも違う……っ!)
時折、まるで巨獣が体当たりをしているかのような轟音が聖堂中に響き、頬を伝う冷や汗は時間がない事を示している。
目についた鍵のかけられた引出しを、次々と
その甲斐(?)あってか、ようやくそれらしい資料を見つけて目を見開いた。
(これだ!)
「……」
その間、ほんの数十秒だろう。
最後まで目を通したイェールは、叫びたい衝動を全力で堪えた。
資料を投げつけてグシャリと前髪を崩し、一旦落ち着こうと深く息を吸う。
見つけたのは、聖なる儀式に臨んだ者の名と家名、出身地、および奉納額が記された一覧である。
過去数十年分のそれらの資料にはフランシカはもちろんの事、その祖母に当たる聖ハスラの名も記されていた。
フランシカと聖ハスラの名の横には朱印が押されており、これが意味するのは聖なる儀式に成功したという証なのは間違いない。
朱印はある者とない者がおり、その割合は五分といった所。ない者には家名も無い者が多く、総じて奉納金も書かれていなかった。
これはつまり奉納する財を持たない、野から見出された平民以下の者である可能性が高いという事を示している。
歴代、当代聖女にまつわる重要情報が記された資料。
この初めて目にする資料をほんの数秒で読み解き、全てに目を通すという優れた能力を垣間見る一面だったが、当のイェールはそれどころではない。
(なんということだ……お嬢様の名が無い……消された痕跡すら無いという事は、記録すらされていないのか)
こうなってくると、ジェリトリナだけの問題ではなくなってくるというもの。一体過去、どれほどの聖女候補が抹消されてきたのか。
ゾクリと背が怖気立つ。
ロマヌスには何か途轍もないモノが潜んでいるのかもしれない。
しかしここまで来て今更諦める訳にはいかないと奮い立ち、まだ何かあるはずだと前を向く。
窓の外からは、未だ剣戟を振るう大勢の声と町の喧騒が聞こえてくる。
イェールは賊の存在と背信行為、ジェリトリナの行方に気を取られ、無警戒に部屋を出てしまった。
これが、イェールが神に望んだ罰だったのかは、今は分からない。
「あん? まだいたのかよ」
「っ!?」
普段なら絶対にするはずのない、背後に立たれるという油断。賊はまるで知り合いに声を掛けるかのように無造作に声を掛けてきた。
賊なら邪魔者は速やかに排除するはずで、声を掛けるなど以ての外だろう。
ここは聖堂で、しかも高位階の神官らが出入りする奥まった場所である。
正門が破られれば流石に気が付くはずだが、それが無かったという事は、門の前にひしめく聖騎士らの目を盗み、難なくここまで入り込んだのだ。
たった一人で、全く警戒することなく。
これが意味するのは―――
(おそらく、まともに戦って敵う相手ではないでしょう)
そう思った瞬間、イェールは転進と同時に法衣に隠した
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