#7 Countdown of Collapse
主を信じ 至上とせよ
主を崇め 範とせよ
主を尊び 不信を排せよ
主を祀り 知らしめよ
これが神聖ロマヌスの聖典に真っ先に示されている『
信徒なら誰もが
イェールは最後の相乗り馬車の中で聖典の解釈本を閉じ、荷袋にしまって後ろを振り返った。
普段なら旅装に身を包み、風を感じながら本にゆっくりと目を通せるこの時間は貴重なものだが、こと今に至っては焦る心を鎮めるのが精一杯の手段となり果てている。
(やっと着いた)
代金は先払いなので、どこで降りようが客の自由。
目的地であるロマヌスが目と鼻の先に迫り、聳え立つ大聖堂の白亜の塔が目に入ると、ここからなら歩いたほうが早いと判断し、隣り合った老夫婦に軽く会釈して立ち上がって御者に一声かける。
イェールが泣く子も黙る聖堂関係者とはつゆ知らず、御者は旅装に身を包んだ若い旅人を日焼けした顔でぶっきらぼうに見送った。
「私はここで。ありがとうございました」
「はいよー。主のご加護があらんことをー」
「主のご加護があらんことを」
お決まりの文句を互いに投げかけ、馬車から軽快に飛び降りるとそれに感心した老夫婦が笑顔で手を振ってきたので笑顔を返しておく。
(さて)
馬車に背を向けて真剣な顔つきになると同時に歩みを進める。
行き先は当然、帰任したことを聖堂に伝えるためロマヌス中央に座する大聖堂である。
ロマヌスは王を頂く国ではなく、大陸では少数派の自治都市と言われるものに属する。形式的には主たる神アズガイアが王と言えなくはないが、もちろんそのような俗物と一緒にしては罰せられる。
なので実質的にロマヌスを統べるのは時の大神官という理解で特に問題は無い。
自治領と言っても大陸屈指の人口を有してる上に巡拝者も各地からやってくるだけあって道行く人は多い。
イェールは途中信徒の部屋を間借りして旅装から法衣に着替え、行き交う人々の拝手に応えながら足早に聖堂に向かう。
(聖騎士……)
ここで聖堂に近づくにつれ、鎧に身を包んだ聖騎士の数が明らかに増えていることに気が付いた。
数日前、聖堂から発った時に感じた違和感は今も続いているようで、厳しく人の流れを監視しているように見える。
法衣に身を包んでいる今なら事情も聞けるだろうと、聖堂に行く前に何が起こっているのかを知るために聖騎士に声をかけた。
「聖務中、失礼します」
「これは聖徒殿。なにか御用かな」
声をかけられた聖騎士は笑顔こそないが訝しむことなく、正式に聖堂に仕える信徒だけが身に纏うことが許される法衣を見て尊称を返す。
聖騎士特有の自信に満ちた目と振る舞いを見て、イェールはこれは当りだと内心拳を握った。
「聖都は主の御威光の下、聖騎士様の雑心を賜る場所ではないと心得ております」
要するに『どうして街中にこんなに聖騎士が多いんだ』という事だが、古い神官特有の言い回しをすれば多少の箔が付いて嘘は言いにくくなる。
よくよく心得ているイェールの問いに、案の定聖騎士は一瞬息を詰まらせ『聖徒殿ならば』と前置きして周囲を見渡し、小声で事の次第を話した。
「賊が大聖堂を侵すとの情報だ」
「……っ」
馬鹿げている、と叫びたいのを堪え、イェールは落ち着いてさらに情報を探る。
聖堂を襲うなど正気の沙汰ではなく、仮にそんなことをすればロマヌスだけではなく、ロマヌスの教えを信仰する国々とも事を構えることになる。控えめに言っても大陸中を敵に回すことになるのだ。
しかし、イェールはその蛮行を過去行ったことがある者たちを知っていた。
数多の聖騎士を街中に配備し、数日前はエーデルリッターにも遭遇した。
となれば―――
「聖徒ならば知っていよう。大賊、ギン・リカルドの一味だ。あの主をも畏れぬ悪鬼が動いたらしい。その報せが数日前。おかげで
「何ですって」
世界中を飛び回っているエーデルリッターの内、二人も同じ場所にいることは非常に珍しく、これだけで一目見ようと群衆が出来上がるというもの。
だが、それよりも遥かに驚くべき情報の前にイェールは絶句するしかなかった。
ギン・リカルド。
初めてその存在が確認されたのが五十年以上も前だというのに、未だに本人と一味の猛威は衰えておらず、今も貴族や大商人といったあらゆる国々の有力者ばかりを狙う盗賊である。
その蛮行に業を煮やした各地の王侯貴族がこれまで何度も討伐隊を送っているが所在すらつかめない事がほとんどで、ごく稀に一味が打って出てきた際にはことごとく返り討ちにされている。
しかも賊の分際で討ち殺した兵の遺体を丸裸にしてご丁寧に送り返すという、相手を馬鹿にするかのような所業を行ったりする事でも有名である。
禁句とされているが過去、聖堂が襲われた際にエーデルリッターすらやられてしまったという話もあり、イェールはとんでもない時期に帰ってきてしまったものだと胃が痛くなる思いだった。
『不信を排せよ』の教えはそのまま賊に当てはまるとはいえ、エーデルリッターですら敵わなかったであろう相手などどうしようもない。
「お教えいただき、ありがとうございました。いかなる時も聖務に励む所存にございます」
「うむ。主のご加護があらんことを」
「主のご加護があらんことを」
大きな懸念事項が生まれてしまったが、聖騎士ではなく神官となる予定の自分にはそれほど影響はないはずだと言い聞かせ、イェールは足早にその場を後にした。
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