#4 Priest of Betrayal
「おやおや、夜更かしとは感心しませんな。姫殿下」
(このお声は……)
部屋に入ってきたのは、儀式で祝詞を唱えた神官様だった。
私はほっと胸をなでおろし、顔を出して夜更かししていた事をまずは謝る。
「あ、あの、神官様。どうかお母様にはこの事は内緒に……」
「良いですとも。内密にしておきましょう」
「ありがとうございます!」
やさしいお方でよかった。
私はくるまっていたシーツから出てスカートの裾をつまみ上げる。
こんな夜更けにやって来られるなんて驚いたけれど、このお方なら大丈夫。
「ぐふっ……これはやはり……」
「え?」
おなかでも減ったのかと思って見回したけど、周りに食べ物なんてない。
「いえいえ、お気になさらず。それより姫殿下。大切なお話があります。心して聞いて頂きたい」
神官様はおもむろにベッドに座り、ランタンを枕元にある台の上に乗せた。
やさしいお顔から真剣なお顔へと変わったのを見て、私は導かれるがままにベッドの上で居住まいを正す。
「は、はい」
緊張を隠しきれない私に、神官様は突然頭を下げ、膝の上にある私の手にその手を重ねた。
「あ、あの……?」
どうも様子がおかしい。
神官様のべっとりとした手の汗が、私の不安を掻き立てる。
「ぶほっ……はっ、はっ……ひ、姫殿下は聖なる儀式に失敗なされたのです……ご自身が黒き……はぁっ……や、闇に覆われてしまわれた事を覚えておられます、かな?」
手を握ったまま神官様は目を見開き、ふるふると唇を震わせながら顔を寄せる。
息も荒く血走った目が普通の状態では無いことが伺え、私は神官様の質問に答える事なくその身を案じた。
「だ、大丈夫でございますか!?」
「はぁっ、はぁっ……問題ありません。殿下の呪い、がっ! 我が身の内でっ、暴れているのでぇす……」
「えっ!?」
唐突にそう告げられ、私は言葉を失った。
手が黒くなった事は覚えているし、それが良くないものだったのは何となく分かる。
今は元に戻っているとはいえ、あれがまさかこの身に触れただけで人に苦しみを与えてしまう呪いだったなんて思いもよらなかった。
驚きと悲しみ、恐怖があっという間に私を支配する。
儀式に失敗した上に、人を癒やすどころか傷つける存在になってしまった。
神官様の吐息が絶句する私の首筋に纏わりつき、これ以上私に近づいて神官様を苦しめる訳にはいかないとハッと身をよじる。
「呪いは神より賜りし大いなる力の器足りえなかった場合に課される、いわば罰。闇はその罪の証なのでぇす」
「!?」
叫びたいのを必死にこらえ、自分の記憶を遡った。
あの焼けるような痛みとその時に見えた黒い手は神官様の言う通り、与えられた罰と罪の証なんだろう。
そして言われてようやく思い出した、あの不思議な声。
―――汝、器足りえず
神官様の言う通りなら、あの声は神様の声だったという事になる。
聖女にふさわしくない自分が儀式など受けてしまったから、神様は罰をお与えになったのだ。
私はぶんぶんと頭を振って恐怖を振り払おうとしたけれど、衝撃はここで終わらなかった。
神官様は続けて、この呪いは時間をかけてゆっくりと身を蝕み、数年後には骨も残らず私はこの世から消えてしまうという恐ろしい事を口にされた。
「そんな……」
ついさっきまで自分の夢に思いを巡らせていただけに、楽しい夢との落差でガラガラと何かが崩れ落ちる音がした。
「う、ううっ!」
怖い。
ただただ、怖い。
闇が身の内に巣食っている。その事は私から正常な判断力を奪っていた。
「わ、たしは……死ぬまで人々を呪ってしまうのです、か……?」
恐る恐る口を開いた私に神官様は息を荒げたまま首を縦に振ったが、しかしと続ける。
「恐れることはありませぇん……ふしゅる……浄化の儀を執り行うのですっ!」
「じょうかのぎ……?」
「左様。このザナドゥの身は神の祝福を受けし身。呪われし姫殿下を清める為に、この身と重なる。それこそが浄化の儀! 姫殿下をお救いする唯一の手段なのです!」
「ゆいいつのしゅだん……」
「左様っ! このザナドゥが唯一、殿下の御身に巣食う闇を祓うことが可能なのです!」
その時、勢いよく両手を広げた神官様の身が淡い白光を湛えた。
「これこそが神の御業、癒やしの力っ。殿下の苦しみ……このっ、ザナドゥがっ、取り除いて差し上げましょう!」
「わ、わたくしは助かるのですか……?」
弱弱しい私の声を聞き、神官様は安心させるようににっこりと笑みを浮かべる。
私はその様を見ながら、震える自分の身体を抱きしめた。
力強いお言葉と暗い部屋に浮かぶ神秘的なお姿は、絶望に苛まれかけていた私の胸に希望を与えた。
(私の呪いを受けてなお、救おうとして下さっている。なんて崇高なお方だろう)
「ううっ……どうか、どうか私をお救いくださいっ……」
涙ながらにそう訴えると、神官様は静かに私を抱きしめ、聖なる儀式とは違う暖かな力に包まれる。
身を委ねると、神官様はゆっくりと私をベッドに横たえた。
闇の在処を確かめるように体中を神官様の手が行き来し、こみ上げる恥ずかしさで私が顔を背けるとグィと頬を掴まれる。
「逃げてはなりませぇん。その呪われし瞳に祝福された我が身を焼き付けなさぁい」
「は……ぃ」
神官様は何枚も重ね合わされた祭服を次々と脱いでゆき、ランタンの灯りを背に生まれたままの姿となられてしまわれた。
暗くてよく見えないけれど、目の前にいきり立つ男性がいる。
左手がゆっくりと頬に添えられ、右手が私の胸と秘部をまさぐった。
これも儀式の一貫。怯えて逃げるわけにはいかない。
「ふぐっ」
「さぁ、浄化の儀を始めましょう」
神聖な儀式のはずなのに、こんなに心が痛いのはきっと私に信心が足りないからに違いない。
息を殺して神に祈りを捧げた瞬間に、神官様の一部が私を貫き、半身に激痛が走った。
キュッと唇を結ぶと、着ていた衣服がベッドの縁からふわりと落ちる。
同時に神官様もうめき声を上げて震えながら呪いに耐えておられた。
神官様とて呪われたこの身に触れたくはないはずなのに、こうして高貴な御身を差し出されておいでなのだ。
ここで痛みに声を上げようものなら私は助からないばかりか、神官様の御心までも踏みにじることになる。
この日以降、私は部屋から一歩も出ることもなく、夜の帳が降りると共に浄化の儀が執り行われた。
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