#3 Dream of Darkness
「待ち給え」
「?」
呼び止められたイェールが振り返ると、そこには三人の聖騎士が立っている。
真ん中の男の胸には光の紋章が刻印されており、腰には光の紋章と同様に最上位の聖騎士の証である
(エーデルリッター!?)
イェールは驚きつつも努めて冷静に振る舞い、すかさず跪いた。
「高貴なる騎士様がいらっしゃるとは思いもよらず。若輩者が背を向けて御前に立ってしまい、誠に申し訳ありません」
「聖なるかな聖なるかな。分かっているのなら神もお許しになられるであろう。して」
祭服を着ているのならまだしも、見慣れぬ使用人服を着た者を見逃すわけにはいかないと聖騎士は目を吊り上げている。
イェールと裏口を交互に見やり、なぜそんなところから出て来たのかと問うた。
これにイェールは跪きながら自身が聖堂の外交組織に属しており、三年前からルクソル王国の公爵家に仕えていると説明した上で、献金を納めて来た事を滞りなく伝えた。
「聖なるかな聖なるかな。それは素晴らしい。先の儀式もつつが無く執り行われ、神もルクソル王を祝福されておられる」
「恐悦至極に存じます」
「であるならばもうよい。神より賜りし務めを果たし給え、聖徒よ」
「はい。失礼いたします」
そう言ってイェールはしゃがんだまま下がり、見えなくなった距離まで退いて立ち上がる。
「ふぅ……」
主人を前にする以上の疲れが一気に押し寄せ、イェールはコクコクと首を鳴らす。
神聖ロマヌスに選ばれし最上位の聖騎士である十人のエーデルリッター。大神官ザナドゥに次ぐ聖堂権力者でありながら、その強さは全員が人智を越えるとされており、並みの傭兵が束になってかかっても赤子扱いしてしまう。
実際、イェールは聖堂にいた頃に一度だけエーデルリッターの戦いを目の当たりにしたことがあったが、何が起こったのかさえ分からなかった。
聖堂の周囲が物々しい雰囲気なのもあの聖騎士がいたからに違いないと思い直し、イェールは足早に聖堂を後にした。
◇
「う……ん……」
目を覚ますと、私は真っ暗な部屋にいた。
お屋敷で使っていたベッドとそう変わらない大きなベッドがギシギシと音を立て、このいつもと違う音でここが自分の部屋でないことはすぐに分かった。
「ここはどこかしら……」
ベッドから降り、冷たい石の床に敷かれた絨毯に足を乗せる。
「あ、あの、どなたかおられませんか?」
恐る恐る声を上げてみるが、何の反応もない。
夜だからみんな眠っているのだろうか。
暗闇に目が慣れてきた頃には込み上げてくる不安に耐えられず、私は部屋の扉に手をかけた。
「開かない……」
どうやら外から鍵がかかっているようで、中から開けられそうもない。
私は光に集まる虫のように辛うじて月明かりが差し込む窓辺へ向かい、窓から外を見下ろした。
ポツリポツリと街明かりが見える。どうやらここは聖堂の上層階なのは間違いなさそうだった。
窓ははめ殺しで開かず、扉も開かない。
誰かを呼ぼうにも何の反応もないともなればもう、私ではどうすることもできない。
窓に映る自分の顔を見て、ようやく私は自分の身に起こったことを思い返す時間を得た。
「失敗した……?」
儀式で起こった、全身を焼かれるような痛み。
今その痛みはなく、記憶の片隅にある黒く染まった自分の手も元に戻っている。
そのあとの記憶が途切れていることを鑑みれば、あそこで気を失ってしまったのだろう。
よく見ると着ているものも違うし、身体もなんとなくさっぱりしているので、誰かが拭ってくれたのかもしれない。
聖堂にいるのなら大丈夫だろうと自分に言い聞かせ、こうして朝日が昇るのを待っていようと、窓辺に座ったまま孤独の時間を過ごした。
儀式に失敗したのなら、お屋敷に帰れる。
そう思うだけで随分と気が楽になったし、いつもなら眠っているはずの真夜中にこうして起きている事が何か悪いことをしているようで不思議と心が弾んだ。
「ふふっ……リリス、わたし、悪い子になっちゃったかも」
お屋敷にいるリリスの事を思い出し、この事を話している自分を想像した。
お母様に知られれば絶対に怒られてしまうけれど、いつかリリスと夜のお散歩してみたいな。
楽しいことを考えるのは大の得意。
帰ったらまたお勉強の日々が待っているのだろうけれど、神様のお勉強だけはイェール先生が教えてくれるから、それは案外楽しかったりする。
大昔、アズガイア神が悪い魔物を退治しながら、世界各地を巡ってたくさんの人の病気や怪我を治しながら旅をするお話は大好き。
「うふふ……」
聖女になれなかったから将来どうなるかわからないけれど、いろんな場所を旅して、色々なものを見てみたい。
それから、優しい旦那様と結婚して幸せになりたいな。
男の子、女の子、どっちでもいいから赤ちゃんも欲しいな。
わたしは公爵家の娘だからいろんな事が自由にならないのは分かってる。
でも、夢を見るだけならいいよね。
「あーあ……お月様隠れちゃった」
わずかに差し込んでいた月光も雲に隠れ、部屋は一層暗くなってしまった。
いろんな事を考えたからか、大聖堂まで来た疲れがまだ取れていないからなのかは分からないけれど、疲れを感じたのでベッドに戻って見慣れない天井を見上げる。
早く朝にならないかな。
そう思いながら瞼を閉じようとしたその時、扉の向こうから声が聞こえた。
「―――え」
「―――た」
「だれか来る?」
くぐもって何を言っているのかは分からないけど、コツンコツンという足音が近づいてくるのは間違いない。
私は急に怖くなってシーツで身を隠すと、扉の前で足音が消えると同時にガシャリと扉の鍵が開けられた。
扉を開けた人を隙間から恐る恐る覗いて見たものの、ランタンの明かりが眩しくて誰が入ってきたのかは分からない。
そして明かりを持ったその人が無言のままベッドのすぐ傍まで来たので、ギュッと目を瞑った。
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