第7話 稲荷大神顕現
〇
「……ぁ、ボランティアのおじさんだぁ」
「ああ、この子は!!」
薄れる意識の中で、ケマコはおじさんの胸に抱かれていた。望月の温かい手の温もりを感じながら、ケマコは目を閉じた。遠くに中島み〇きの「ヘッドライト・テールラ〇ト」のサビが流れている。
目を閉じているのに周りが見える。望月が泣きながら抱き締めてくれている。朝の清々しい陽射しに野花がゆれて、雲が流れていく。メロンのハウスも見える。何人かが駆け寄って来る。
「あ……、死んじゃうんだ」
雲の流れや、駆け寄って来る人のスピードがじょじょにゆっくりになって、やがて、時間が止まる。同時に、辺りは温かいクリーム色の光に満ちていった。
「ケマコ、ケマコ」と、自分の名前を呼ぶ声がする。
「お、お母さん?」
光の中に浮かぶ影に、ケマコは問いかける。
「違うわ。あんたのお母さんは、帯広に出て、地元のキタキツネとできちゃってよろしくやってるのよ」
「あ、あの、神様。そんなこと今わざわざ言わなくても」と、双子の巫女が苦笑いしている。
「ええ?じゃあ誰なの?」とケマコが声の主を探す。
光の中から、富良野神社にある稲荷神社のご祭神・稲荷大神が姿を顕わした。両袖には双子の巫女が畏まっている。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る。畏れ多くも稲荷神社のご祭神・稲荷大神であらせられるぞ!一同の者!お稲荷様のご神前である!頭が高い!ひかえおろう!」「こちらにおわすお方をどなたと心得る。畏れ多くも稲荷神社のご祭神・稲荷大神であらせられ……」
「あ、二回もいいから。双子ってそういうシステムだっけ?」と、稲荷大神が制した。昨夜のアマテラスオオミカミの純白さとは違った暖かいウォーム系の白に輝いている。何より、寝ぐせがない。宝髻を美しく整え、きらきらと輝く髪飾りをつけている。
「うわ……、綺麗」
ケマコのため息交じりの呟きが耳に入ったのか、稲荷大神は、天使のような笑顔になった。
「本当に可愛くて、気の毒な子ぎつね。此度は、この二人が迷惑をかけましたね。さあ、葉乃、芽乃」
稲荷大神は、優しく優しくケマコに話しながら、目にも止まらぬ速さで、葉乃、芽乃の首根っこを両手で押さえて、そのまま自分の目元まで吊り上げた。
「ヒ…ヒェッ」「ヒ…ヒェッ」
葉乃、芽乃は、ガクガクと怯えている。
「いつも言ってるよね。取れない奴は相手にしない。取れる奴からがっぽがぽ。復唱は?」
「と、取れない奴は相手にしない。取れる奴からがっぽがぽ」
「取れない奴は相手にしない。取れる奴からがっぽがぽ」
「よおし、後を引きずらないように謝るのよ」と、耳打ちすると、稲荷大神はケマコの足元に葉乃、芽乃を投げ出した。
「あ、あの、私、日頃悪質な不動産投資の営業に迷惑してて…」「最近、宝石買取りの営業が…」
「あーん、そうじゃないでしょう?」と背後で稲荷大神が双子の後頭部を掴み、握力を加えた。
「か、神様…、それアイアンクロー……、ごめんなさいいいい」
双子は、意識を失いかけている。ケマコは呆気に取られて、このドタバタを見ていた。
「もとい。私たちは、あなたが善悪の判断のつく、狐かどうかを試していたのです。クラクラ」
「あなたの、純粋で素直な心根、稲荷大神に十分届きましたでございますよ。クラクラ」
「そうそう、やればできんじゃない。あ、ごほん。これケマコ、そんな其方の末期の願いを聞き届けにきました。さあ、お供えを置いて願いを唱えなさい!」
稲荷大神は高らかに言うと、右手をケマコに差し出した。
「えっ、お供え?そんなのないわよ」
「あ、あ、ああ、そうよね。こ、今回は特別になんとかしてあげるわよ。さあああ、言ったんさぁい」
稲荷大神は、この場を納めて帰りたい一心だった。
「あ、あたし、神様のお使いになりたい!」
「無理無理」「無理無理」。双子が揃って、両袖を左右に大きく振る。
「修行と」と、葉乃が滝に打たれる様子をし、「試験に」と、芽乃がハチマキを巻いて勉強机に向かった。
「合格しなくちゃいけないわ」「合格しなくちゃいけないわー」
「ええ、えええっ。なにそれ。毎月三千円って言ってたじゃん」
ケマコは、実は「毎月」も「三千円」もよくわかっていなかった。が、「修行」も「試験」もわかっておらず、とりあえず「無理無理」と言われて、言い返しただけだった。
「ああ、もう、面倒くさい!!!じゃあ、こーゆーことにしちゃう!葉乃、芽乃!あんたたち、たった今から、半人前に降格!!」「ひぇ!」「ひぇ!!」
稲荷大神が、両手を天に差し上げて、振り下ろすと、ぱあっと光が双子に降り注いだ。巫女装束を与えてしまえば、今回の件が片付くと短絡的な手段に打って出たのだ。
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