第6話 赤い鳥居と双子の巫女
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子ぎつねのケマコと、子熊のララは、根室本線と空知川の間を進み、河原に降りると川下に向かって歩いた。河川敷にラグビー場やソフトボールのグランドがある。二匹は、橋を渡って、深夜の市街地に入った。たまに自動車が通り抜ける。二匹はアスファルトや歩道のコンクリートをカチャカチャ爪を鳴らして進んだ。
「国道で左よー」とララが言う。二匹には国道などわからなかったが、なんとなく曲がったところが運よく国道237号線だった。二匹にとっては同じような景色が続いていった。やがて、左側に何本も木が生えているところが見えた。見渡すと、「鎮守富良野神社」の石碑と大きな鳥居が見えた。
「あっ、ここじゃない」と、ケマコは指さし駆けていった。
日付が変わった深夜の境内はしんとしている。神域ならではの澄んだ気に包まれている。二匹はそろそろと境内を巡る。
「赤い鳥居ってのがあんのよ。あ、あった」
ケマコは赤い鳥居に駆けこんで祠に飛びついた。四手の下がった扉を無遠慮に叩いた。
「こんばんはー。狐の神様ー、狐の神様ー。教えてほしいことあんの。出てきてー」
ララは、足元でおろおろとしている。
左右に置かれた狐の像の目がぼうっと光る。ゆっくりと首が廻り、ケマコの方を向いた。
ララは、言葉を失い、震え出した。
台座に載せられた石の狐は、いつの間にか美しい白狐になっていた。台座の上でくるりとトンボを切ると、その場に後足で美しく立った。二匹は台座から高く飛び、
「ぼん」と音をたて、白い煙と共に二人の巫女姿の少女になった。空中でくるりと体をひねると祠の前に立つ。二人は、どちらも振分け髪を長く垂らし、両耳がぴんと伸びている。切れ長の大きな瞳に一重瞼、小振りな鼻と唇が上品で色白なとても可愛らしいそっくりな少女だ。一人が、ケマコの首を摘まみ、もう一人が尻尾の根元を掴んで、持ち上げた。
「ひゃあああ」
ケマコは、じたばたするが、そのまま鳥居の端まで運ばれて、ポイと投げ捨てられた。ララもよろめきながら鳥居の外に駆けだす。
「なにしてんの」「おかしいんじゃない」
二人はそう言うと、二匹を見下ろした。
「あら狐」「あら熊」
「あ、あ、あたし狐の神様に教えてほしいことあんのよう。ぱあっと光る人出してくんない」
「は?」「は?」と、首を傾げる。
「え?」とケマコもつられて首を傾げた。
「こちらは、人々が豊穣や商売繁盛の祈りをささげるところ」「我ら狐は、稲荷大神様にお仕えする眷属」
「ええ、なにそれ。じゃあ狐の神様はどこにいるのよう」
ケマコは、半泣きになっていた。ララが、慰めるようにそっとケマコの背を撫でる。
二人の巫女の少女は、呆れたような憐れむような顔をして互いを見ると、溜め息をついた。
「どのような教えを乞いに来たの」「乞いに来たの」
「あ、あ、あたしは、狐らしくやっていくってどうしたらいいのか知りたいの」
「そ、れは、山で獣や木の実を獲っていく……?」「オスの狐とつがいになって、子を産んで育てる?」
「え?それじゃ、熊と一緒じゃん」
巫女の少女らは、顔を見合わせた。
「ともかく、我らは、稲荷大神様のお使い・眷属としてのお役目を務めるもの、狐の……」
「あ、ああああ! あたし、それやりたい!神様のお使いやりたい!」
「え?本当に?」
再び巫女の少女らは、顔を見合わせ、半笑いした。
「じゃあ、あんた、この申込書にサインと印鑑押して、毎月三千円納めるの」
「新しい狐を勧誘したら10%もらえるから5匹集めたら伏見に届けに行くの」
ケマコとララは、ぽかんと口を半開きして聞いていた。「ねずみ講やん」
「認められたら、どこかの鳥居任せてもらえるから、お気張りなさい」
「はい!」
キラキラした瞳でケマコは神社をあとにした。巫女の娘たちは、口元を手で隠しながら、「ぷっ」と笑った。
しらじらと夜が明けようとしている。
「あんなのー、完全に詐欺だよー。からかわれたんだよー」
ララは、言いながら、国道から川に向かう道に曲がった。ちらほらとクルマが増えている。
早速ララの姿が通報されていた。赤橙を廻したパトカーが真後ろに現れた。
「な、な、なに??いやあん」
二匹は、市街地を逃げ回った。
「あっちだー。親熊もいるかも知れん。武器携帯の指示出しとけ」
〇
ケマコとララは、郊外に向かって逃げ続けた。ハウス栽培のメロン畑が広がっている。
「あっ、ここ知ってる匂い!!」
ケマコは、思わず駆け込もうとする。
「あ、危ないーー」とララが叫んだ。
「バーーーーン」
ケマコは、そこに走ってきたクルマに撥ねられてしまった。ハウスから人が出てくる。
「……ぁ、ボランティアのおじさんだぁ」
「ああ、この子は!!」
薄れる意識の中で、ケマコはおじさんの胸に抱かれていた。
〇
202号室のベランダでケマコは昼寝をしている。本当はテンゴに燈籠稲荷の鳥居を乗っ取られているのだが、のんびりとベランダライフを楽しんでいるのだ。
「じゃ、仕事行ってくんね。四時になったら京ちゃん帰ってくるから、二人でおやつ食べてねー。あ、お掃除やっといてね」
ベランダから、だらだらと部屋に入り込むと、ケマコはそのまま前転し、いつもの女の子になった。
「いってらっしゃーい」
ドアが閉まる。律子が出勤していった。
「あれ?こんなんでよかったかな?」
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