第5話 教えてほしいの!!

「ねえねえ、あれ何の話してんの」


 ケマコがララに訊く。望月や演習林職員がクルマに乗って麓の山部神社に行くそうだ。


「ああ、それは神社っていうのよ。食べ物なんてないところよ」


「神様にお祈りすんのよ」とララが言う。


「あ、そうだ!あたしも神様に訊いたら、狐らしくするってどんなことか教えてくれるんじゃない?」



 下弦の月が出ている。


「内緒よ。お母さんに怒られちゃうんだから」

 森から無人の道路に飛び出した二匹は、平和橋を渡った。


「だ、大丈夫よう。神様に訊くだけ、訊くだけだからあ」

 二匹は、高揚した気持ちで駆け出した。

 二匹は、境内に人の気配がないことを確認して入り込んだ。


「神様ーー。神様ーー」と二匹は、声を出すが、何も起こらない。


「これなにかしら」

 ケマコは、拝殿の階段を登って、本坪鈴の紐にぶら下がった。


「シャラーン、シャランシャラン」


「きゃあ」

 ケマコは、驚いて逃げようとしたが、爪が引っかかってしまった。


「シャラーン、シャランシャラン、シャラーン、シャランシャラン」


「ケ、ケマコッ」

 おろおろするララの上にケマコが落ちてきた。慌てて逃げ出そうとした瞬間、


「パアアアアア」と、拝殿の障子が明るく輝いた。


 厳かな雅楽がどこからか奏でられる。

「え?ふぁあ」

 障子の隙間から眩い光の筋が何本も伸びてくる。


「ぱああん」

 ものすごい勢いで障子が開いた。雅楽は止み、光もほどほどになった。二匹はぽかんとしている。


「何時だと思ってんのよ!こんな田舎で丑の刻参りでもしてんの!だったらジャラジャラ鳴らすんじゃないわよ!だいたい……、え?」


「え?」「え?」

 現れた神様は、真っ白な衣をまとって内側から輝いているが、髪は寝癖がついて明らかに寝起きの顔をしている。


「狐?熊?なんで?」


「あ、あのぉ、お姉さん誰?あたしたち神様に用事があるんだけど」

 ケマコが訊く。もとより二匹は、神様を見たことがない。寝起きのお姉さんに用事はないのだ。


「アマテラスオオミカミっていうのよ。こんな夜中に光って出てくるんだから当然でしょ」

 神様は、あきらかに寝込みを叩き起こされて不機嫌だった。言い終えると、唇の端を歪めて舌打ちをした。


「あのぉ、神様?あたし狐なんだけど」


 言葉を続けようとするケマコを遮って、神様は、


「知ってるわよ。何に見えると思ってんの?狐知らないと思ってんの?」と切れ気味にまくしたてた。


「あたしどうやったら狐らしく暮らせるか教えてほしいの!!」

 ケマコが大声を出した。神様は、ようやくこの狐が真面目な用件でやってきたことに気づいた。


「ど、どういうこと?」


「あたし、生まれてすぐ親いなくなっちゃって、このララのお母さんに育ててもらっちゃってさ。狐の暮らし方知らないのよ。神様なら教えてくれるかなって思って来たの!あ、来たんです」


 神様は、少し気おされたようになった。しばらく、黙って考えていたが、


「えっと、わかんない。私、人間用の神様だし」と答えた。


「えっ、人間用とかそんなんあんの?」


「だって、開拓者の人間がこっちに神社作ってえ、神様を分けて祀ったのよお。分祀っていうのね。太陽の神様だけど、ずっと開拓者に拝まれてやってきたんだから、狐の生活まではわかんないわ」

「え~、何それ、だったらどこいったらいいの?それくらい教えてよお」

 ケマコはがっかりしながらも、少し食い下がった。神様は苦し紛れに、


「ん~、き……、狐の相談なんだからあ、狐の神様んとこいけば?」と言った。


「き、狐の神様なんかいんの??えっ、どこどこ、どこいったらいいの?」


 神様は、富良野中心部にある富良野神社の場所を教えた。約12km北の方にある。

「この空知川沿いに下って、広いグランドになったとこの大きな橋を渡って、国道まで出て左に曲がってしばらくいったらあるわよ。そこに稲荷社があったはずよ。赤い鳥居を探しなさい」


「ええ、すごい遠そうだよー。やめようよー」とララが言ったが、


「なんでよ。せっかく教えてくれたんじゃない。いくだけ行ってみましょうよ。あ、神様ありがとー」と、走り出してしまった。


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