第4話 狐は狐らしく

 広大な畑、遠くにかすむ山々、どこまでも一直線の道路、見渡す限りの青空に白い雲が流れている。


原生林に囲まれて、鳥の声や虫の声も聞こえている。


「大近畿大学北海道演習林 セミナーハウス」と書かれた、案内板の周りの草刈りが行われている。セミナーハウス前の作業が一段落したところで、草刈り機のエンジン音が止む。


「望月さん、休憩しましょう」と、職員が声をかける。


「はいはい」

 望月は、会社員をリタイアした後、息子の就農の手伝いで関西から北海道富良野市に移住し、農閑期に演習林のボランティアに参加していた。


 デッキテラスの椅子に腰かけ、温かいコーヒーを飲んでいると、木陰から子ぎつねが現れた。


「親もいるのかな」


 見渡すが、そういった気配はなかった。戯れに手持ちのメロンパンをちぎって投げてやると、ちょこちょこと走ってきて、パクリと食べてしまった。


「ほんまは、あんまりあかんのやけどな」


 ふと見ると、案内板の先の道路にヒグマの子どもがこちらを見ている。子ぎつねは子熊を見つけると、そちらに走って、森に消えた。



「ケマコーー」

 子熊の女の子ララが、子ぎつねのケマコを呼んでいる。


「はっ、はっ、はっ、それーー」

 ケマコは、ララを飛び越えて見せた。


「ひゃー、待てえ」

 ララは、ころころと跳ねながらケマコを追いかける。ララの兄弟が、川原で呼んでいる。二匹も川原に駆けていった。


 子ぎつねケマコは、生まれて間もなく母きつねや兄弟と離ればなれになってしまい、死にかけていたところをララの母親に助けられ、ヒグマの家族と暮らしていた。


「人間とは、うまく距離を置かなきゃだめなのよ。人間の町なんかにいったら殺されちゃうんだから」

 夜、ねぐらでくっついているとき、ララの母親が、子熊たちやケマコに話した。


「ケマコはきつねだから、そのうち一人でやっていかなきゃいけないけど、くれぐれも気をつけんのよ」

 ヒグマの母親やララとくっついてケマコはそんな話を聞いていた。



 演習林では、見学ツアーが催されている。望月は、ガイドとして10名ほどを引率し、森を歩いていた。


「それでは森林資料館にご案内します。ここからは、大学職員の山田さんから解説をお聞きください」

 10名が資料館に入っていく。望月は、階段に腰かけ一息ついた。

「あれ?またお前か」

 ケマコは、たくさんの人がぞろぞろ歩いていくのが珍しくて森からついてきていた。資料館から望月がでてきたのを見つけて、近づいていったのだ。


「あー、あんた、いつも、甘いのくれるおじさんよねー」


「なんや、またメロンパンほしいんか。よしよし、誰も見てへんから、ちょっとだけな」

 望月は、メロンパンをちぎって、投げてやる。ケマコは嬉しそうに頬張った。

「前に見た時より、大きなったな。今もヒグマと一緒か。狐らしゅう餌とれるようになるとええがなあ」




「何これ、甘いもんつけてるじゃない。またあの人間からもらったんだね。危ないんだよ」


 ララがケマコの顔を舐めている。


「あの人だけよ。大丈夫よう」


 ララの母親もペロリとケマコを舐めて、


「狐は、クマよりも人間に近いところで生きるのかしらねえ。狐は狐らしくやっていったほうがいいのかもねえ」と言った。


「狐は狐らしくかあ」


 ケマコはうとうとしながら、そんなことを考えていた。



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