第8話 旅立ち
「きゃあああ」「きゃあああ」
光に包まれた双子の巫女装束の布がそれぞれ千切れてゆく。みるみるうちに、白衣はフレンチスリーブのちょっとシースルーの白いブラウスに、緋袴はピンクのフリルをたっぷり使った超ミニスカートになった。草履は赤い安物サンダルに、足袋は薄い薄い透け透けニーハイソックスになっている。
「いやあああん」「いやあああん」
「半人前なら、使う布も半分!!! 残りの一着、ケマコに遣わす!」
再び、稲荷大神が手を振り下ろすと、ケマコの頭上に巫女装束一式がふわふわと漂った。
「さ、これを持って京都の伏見稲荷大社に登録の名前を変更すれば、どこなりと鳥居を任されよう」
「やっ、やったあ。神様ありがとー」
ケマコは、いつの間にか体からふわりと浮かび上がっていた。早速巫女の衣装を着ようとするが、当然人間ではなく子ぎつねのままだ。
「あ、あのぉ神様、これって人間用じゃあ」
稲荷大神も「あ、そうだった」と気づいた。人間に化ける技も会得させねばならない。短絡的手段のボロが出た。
「葉乃。あんた変身能力没収!!!」
「ええええっ、きゃあ」
葉乃から小さなホオノキの白い美しい花が浮かび上がった。ゆらゆらと漂いながらケマコの頭上に落ちてくる。
「わわっ……ひゃああ」
花は、ゆっくりと光の粒になるとケマコの体に吸い込まれていった。
「インストール完了!」
稲荷大神が、拳を軽く突き上げた。
「はあ?インスト?」
「細かいこたぁどうでもいいのよ。さ、人間の女の子イメージして、くるっと飛んでご覧」
「はい!せいの!」
ケマコは、ネズミの巣穴を襲う要領で高く飛び上がり、そのまま前回りした。
ドロン!と、変身漫画では古典的な煙が湧いて、その中から、十歳にも満たない女の子が現れた。
「こ…これ、あたし?」
ケマコは、自分の顔や体を両手でぺたぺた触った。巫女装束もまんざらではないようだ。
「ま、いいんじゃない?それじゃそういうことで。さ、帰るわよー」
稲荷大神は、集中力を切らしている。葉乃が言う。
「あのう…、この娘、ひげがそのまま」「あら!」
芽乃も気付いた。
「尻尾もですぅ」
「あらら!もぉー。ほら、今から練習!時間止めてるのも楽じゃないのよ。さっさすっすと仕上げんのよ」
ここからしばらく、葉乃、芽乃による変身教室が続いた。稲荷大神は、ハウスのメロンを勝手に持って来て食べている。「あ、おいし。これ今年伏見に送ろ……」
〇
なんとか仕上がったケマコが、巫女装束で立っている。
「いいんじゃない。ま、いろいろ大変だろうけど頑張んなさい」
稲荷大神が、ケマコの姿を満足気に見て頷きながら言った。双子の巫女……、双子のロリっぽい少女も笑顔で頷いている。
「はい!」
ケマコは、元気いっぱいに答えた。
「さ、帰るわよー」
稲荷大神は、止めていた時間を解き、双子を連れて消えようとした。
「あっ!あっ!神様!!伏見ってどう行くのよ!教えてよ!」
ケマコが後ろ姿に叫ぶ。稲荷大神は、しまった!という顔で振り向くと、右手をさっと振った。
「その望月っておじさんに任せた!万端やってくれっから、連れて行ってもらいなさーい!」
そんな言葉を残して、神様たちは消え、風が流れ始めた。子ぎつねケマコの遺体を抱いた望月の涙が、中空で水玉になってケマコに落ちる。その様子を正面から巫女装束の少女ケマコが見ている。
「おじさん。泣いてくれんの」
ケマコは、望月の手に触れる。ケマコの能力はまだ姿を見せるところまではいかない。望月の手に風が感じられたくらいだ。
望月は、農場の一角の庭の隅に穴を掘ってケマコを埋葬した。両手で抱えるほどの石を墓石代わりに置いた。
「あれ?誰やメロン盗み食いした奴おるな。こんな半分だけ食いちらして……。そうや、この子もメロン好きやったな。ほら、これあげよな」
望月は、墓石の前に稲荷大神の食べ残しを供えた。
「お父ちゃん、何してんの」
望月の息子が、収穫籠を運んでいる手を休めて声をかけた。
「ほら、さっきキタキツネの子が、車に跳ねられてしもたやろ。こっちの隅やったらええかなって思うて、埋めたったんや」
「へえ」と、息子が相槌を打つかどうかという間に、再び望月は喋り出した。
「なんや、ちょっと実家に帰りとなったわ。お母ちゃんの顔見に帰ってくるわ」
手の砂埃をポンポンと払うと、望月は歩き出す。その唐突な様子に息子もケマコも呆気にとられた。
「どういうことやお父ちゃん。これから収穫が忙しゅうなるんやで」
ケマコと息子が望月の後をついて歩く。
「あ、ああ、そやな。出来のええやつ、見繕うてくれるか。今年は、伏見さんに寄って奉納してくるわ」
望月は、関西出身。それも京都である。自宅から伏見は約10キロ。ケマコの最後の願い「伏見に行く」と「これ今年伏見に送ろ」が実現することになった。さすが稲荷大神だ。
〇
望月は、急いで準備をすると、車で新千歳空港まで息子に送らせると、メロンと共に搭乗した。
「わーなにこれ、どうなんの。おじさん。動いてるよ。あ、ひゃああああああ」
ボーイング737と共に、ケマコは、旅立っていった。
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