第5話

ついに言ってしまった。

彼女はぽかんとしている。

数秒の沈黙。やっぱり言うんじゃなかった。そりゃあそうだ。自分でも思う。なんだよ死にたい貯金って。


「それどういうのなの?」


流石の彼女も少し動揺している、ように見えた。


「辛いことがあったら紙に書いて瓶の中

に入れて辛さを可視化するんだ。それで自分に言い聞かせる。まだ貯まってないから、溢れそうにないから、大丈夫だ、って。…しょうもないでしょ。」


こんなこと誰にも理解されない、ずっとそう思っていた。死にたい貯金は僕の自殺の基準。僕は臆病だから死ねない。でも気がついたら自分中に芽生えていた希死念慮とうまく付き合っていける自信もなかった。


だからずっと思ってた。

ずっと辛いことが続いて瓶の中身がいっぱいになって溢れたら






もう死んでしまおう、と。


きっと僕は人より心が弱い。みんなが耐えられるようなことにも耐えられない。

この方法は逆にいえばある種の命綱だった。


瓶はこの小さな折り紙に比べたら大きすぎるぐらいだ。毎日毎日書いてもきっと中々たまらないだろう。それをきっと心のどこかで分かっていた。これを貯める途中で何か瓶の中身を全て捨てるような、そんな出来事があるんじゃないかときっと期待していた。


「しょうもなくなんかないよ!私も…あ、」



彼女が止まった。やらかしたって言う顔をしている。でも僕がずっと隠し通してきた秘密を彼女はいとも簡単にバラさせたんだ。何か秘密があるのなら僕だって反撃する権利はある。


「私も、って何?」


「い、いやぁ、つい口が滑った、と言いますか…」


彼女は嘘をつくことが僕以上に苦手らしい。


「誤魔化さないでよ。僕も僕の秘密を言ったんだ。教えてよ。」


彼女は困った顔をして笑う。でも僕も負けじと彼女の目を見つめる。そして溜息が聞こえてきたかと思うと彼女はついに口を開いた。


「確かに君だけ秘密を知られるなんて不公平だね。分かった。話すよ。私も似たようなことしてるんだ。まぁ、似たようなことっていうか、逆のことっていうか?」


「逆のこと?」





「私がしてるのはね、生きたい貯金。」


そして今彼女から放たれる言葉を僕は一瞬音としてしか聞こえず一瞬理解することができなかった。









「私ね、もうすぐ死ぬの。」


死にたい貯金と生きたい貯金。

そんな似ているようで全く違うおかしなことをしている僕らの偶然の出会いによって僕も彼女も人生の大きな転換期を迎えることとなる。そして僕らはまだ公園でたまたま出会った2人という関係が、それだけで終わるはずだった関係が、お互いの人生を変えるほど大切なものになっていくことを知らなかった。

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