第4話
車を降りた途端、朝焼けのまぶしい空に一瞬、目がくらむ。
スモークガラスのうえにカーテンが閉じられた暗い車内に、ずっといたのだから当然だろう。
強い光に目を閉じたトゥー・フェイスが、周囲を見回すと、車は広大な駐車場にいることが分かった。
その奥にそびえるは、無駄に横へと延びる、白い壁のような建物。
テンプレート化された郊外のショッピングモールのそれであることは、言うまでもないだろう。
浜北区
24時間営業のスーパーやホームセンターのほかに、映画館、天然温泉を併設するここは、長期リニューアル工事中のため、一般客の姿は無かった。
建物の明かりは消え、全ての扉に工事用の暗幕がかかり、白く日に焼けた企業ロゴ看板を隠すようにして「来年秋リフレッシュオープン予定」の垂れ幕が、建物の壁にでかでかと掲げられている。
ここは現場から2キロ、つまり封鎖線のギリギリ内部に位置している。
先ほどトゥー・フェイスが降り立った駐車場が、警察の前線本部となっており、数多くの緊急車両が停まっていた。
手前を走る国道も封鎖され、車は一台も走っていない。
犯人を刺激しないためだろう、警察報道含め、クリアブルーの静かな空に、ヘリは一機も飛んでいない。
護送車は、幾台のトラックや救急車で隠された死角に停車している。
「指揮権が、所轄から
これで君が、現場周辺をうろついても、怪しまれることは無い。
私はこれから、陣頭指揮を取るため、前線本部に向かう」
「オーケー。 仕方ないけどその依頼、引き受けましょうか。
私の正義と安寧のために、ね」
彼女の後を、自身のスマホを操作しながら降りてくる太箸。
肩をポキポキと鳴らし、軽く伸びをしながら体を整えたトゥー・フェイスは、振り向きながら彼に聞いた。
「最後にひとつだけ。 彼、薬物は?」
「さっき機捜にも聞いたが、分からないっていうのが、正直なところだ。
立てこもった時には、ヤクを食った痕跡ってのはなかったそうだが、あの家には伝えた通り、ヤツがフィリピンから取り寄せた商品がある。
籠城による緊張や混乱から、たまらずにキメた可能性も捨てきれない」
「そうなれば一層、
「錯乱して銃を乱射すれば、取り囲んでる警官にも危険が及ぶし、撃たれても痛覚や恐怖心が鈍っていて、何事もなく反撃してくるかもしれない」
朝っぱらから、準備運動にしてはきびしすぎる。
緊張か呆れか、笑いを含んだため息を吐きつつ、顔をしかめて言い放った。
「難易度高すぎでしょ。 テキサスタワーじゃないんだからさ」
「だが、君にも私にもお釣りがくるぐらいのメリットがあると思ってる。
君は依頼をこなして、仕事人としての寿命を延ばしたいだろうし、私は、犯人を殺さず逮捕したという功績を手土産に、愛知県警に恩を売りたい。
浜松と愛知は隣り合ってるもんでね。 何かと捜査協力が多いんだ」
太箸は堂々と笑うことなく、ただ口角を吊り上げる。
「報酬はここ3か月間で、君が関わった、全ての事件にまつわる記録の抹消。
ただし、依頼が失敗した場合、あるいは君が死亡した場合、我々静岡県警は、その責任は負わず、一切を関知しないのでそのつもりでいてほしい」
「はいはい、いつものことで」
聞きなれたと言わんばかりに、手を振って了解を知らせるトゥー・フェイス。
難しいミッションを強制的にさせられるというのに、その表情に変化はない。
涼しい顔、クールなポーカーフェイスを決めている。
それを確認するよりも早く、太箸は近くに停まっていた覆面パトカーへと歩み寄る。
「それから銃は、これを使ってくれ」
トランクを開け、中から取り出した大きく細長いライフルケース。
太箸から受け取った彼女は、その場に跪き、手慣れた様子で、ケースのロックを解除した。
中から現れたのは、マッドブラックの外観と固定式スコープが特徴的な、セミオートマチック・スナイパーライフル。
「H&K PSG-1。 警察の特殊部隊で使われてるライフル……」
「何度も言うが、県警が狙撃したことに見せないといけないからね。 いけるか?」
マガジン、排莢口、スコープと、ライフルの状況を淡々と確認しながら、トゥー・フェイスは自信たっぷにり、こう答えた。
「愚問ね。 私が狙撃体勢に入り次第、アクションを起こして頂戴。
それを合図に、奴を撃ち抜きます」
「無線連絡ナシに!? どうやって分かる?」
問題なし。
トゥー・フェイスはライフルをケースに仕舞うと、自分の通学用リュックを背負い、次いでライフルケースを持ち上げた。
銃の重さを感じない程、ひょいっと軽々しく。
「みなまで言わずとも、ね。
ここら一帯は、無菌室なんでしょ?
私が銃を構えたら、ここにいる誰かが、すぐ気づくはずだから」
そう言い終えると、くるりと太箸に背を向けてショッピングモールの駐車場を横切り始めた。
時間と場所が違えば、部活終わりとでも言わんばかりの後ろ姿だ。
周りでは警官たちが右往左往しているが、堂々と歩くブレザー姿の彼女には、なぜか誰も気づいていない。
いや、気づく暇すらないのかもしれない。
青い制服の群れが重なり、綺麗な黒髪の少女が消えていくのを見ながら、太箸はつぶやくのであった。
「では、検討を祈る。
レギュレイター:トゥー・フェイス……いや、
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