第3話
口角を一瞬だけ、嘲笑をこめてゆがませた太箸は、トゥー・フェイスが口答えせぬよう、そのまま間髪入れず続けた。
「三島署から話は聞いてるよ。
先週、伊豆スカイラインで派手な大捕り物をやってのけたそうじゃないか。
一昨日起きた、
それ以外にも、こっちで分かってるだけで、余罪が諸々。
成功すれば、ここ数ヶ月の容疑は帳消し。 この2件に関しても、県警が君をマークすることはなくなる。
君にとってこいつは、カネより大事なことじゃないのかね?」
「……」
「我々からの報酬は、前科の抹消。 これ以上でも以下でもないし、交渉は一切行わない。
分かるか。 これも一種の司法取引なんだよ」
「……」
「この事件、警察の力では解決不可能だ。
犯人を殺さず捕まえる方法などと、悠長なことを考えていれば、必ず犠牲者が出てしまう。
だから、犯罪者相手に、御法に触れるギリギリを攻めながらも、君に動いてもらいたいと思っている。
だから私も、今、ここにいるし、これからも、い続ける。
それが嫌だというのなら、今ここでワッパかけて、今までの関係を水に流す。
さあ、どうするね?」
一理ある。
自由と命あっての“カネ”だ。
そいつが未来永劫保証されてなければ、話にならない。
しかも、それを言ってきた相手は何を隠そう警察官、お巡りさんなのだ。
鬼の首を取ったようなしたり顔を見せ、今までの無礼を力いっぱいのエルボー返してやったとでも言いたげな太箸警視。
だが、トゥーフェイスは怒りに体を震わせることも、瞳を揺らがせ泣くこともしなかった。
「確かに、捕まらないことに越したことはないですけど、結局、世の中綺麗ごとより、所詮カネですから」
「なるほど、つまり――」
「仕事は引き受けますけど、だからといって、アタシのルールそのものまで捨てる気は、全くありません。
アタシはトゥー・フェイス。 裏の世界を生きる
「君は……」
「アンタも、そうでしょうが。
事件解決のためなら手段を択ばない。 警察官として一番大事な法律の順守ってやつを無視してでも。
だから、アタシにいつも依頼してくる。
悪党を使って、悪党にワッパをかける。
それがアンタの、太箸警視のルール。
それを捨てることができないように、アタシも自分の中の信念を簡単には捨てられないってことですよ」
太箸は、顔色一つ変えないトゥー・フェイスの顔を横目に、恐怖にも似た感情が頭をよぎる。
どこにでもいそうな、明日ある少女。
なにをどうして、どう生きてくれば、そんな言葉が一切の抵抗なく出てくるのか。
ただ普通に、呼吸するかの如く。
したり顔も自然と消えていた。
だが今は、そんなことを考える隙を与えない。
「話を戻しましょう。
警察の狙撃犯は、もうスタンバイしてるってことで、よろしい?」
太箸警視は、すぐに答えた。
「運よく掛川の宿舎にいてね、すぐに飛んできてくれたよ。
立てこもってる民家は、南向きにバルコニーがあり、そこから犯人が顔を出している状態だ。
だが、先ほども言った通り、遮蔽物がなく、こちらの姿が丸見えで、狙撃しようにも殺さずに標的を射止めるのが難しい。
犯人の仁科ルイも、こちらの動きを警戒してか、むやみには姿を見せなくなってる」
「犯人の武器は? 種類、数、正確に」
「オートマチックのハンドガンだ。 おそらく薬物同様、フィリピンから流れてきてる粗悪品だろう。
大きさから推定45口径。 少なくとも3丁は持っていて、これまでに12発撃ってる」
トゥーフェイスは、彼の説明を聞きながら、タブレットで現場周辺の航空写真を検索する。
事件が起きたのは、平口中交差点の角に立つ一軒家。
田園地帯の一角を埋め立て、分譲住宅地として販売しているエリアだった。
件の家は東側一角に立つ、塀に囲まれた大きな二階建てで、確かに南向きにバルコニーが突き出している。
ここから犯人、仁科ルイが銃を乱射している ――。
「この銃が破裂して事故るのを待つ、ってのはナシ?」
「話きいてたか? 犯人、死んだらアカンのよ」
「冗談よ。 笑えないけどね……。
スナイパーを展開している場所と、人数は?」
「現場から300メートルほど南側に離れた老人ホーム屋上に2名、そのおよそ、150メートル後方の専門学校屋上にも2名。
更に、現場近くに停車している護送車の中に、1名が待機している状態だ」
トゥー・フェイスの質問は続く。
「狙撃可能なポイントは、そこだけ?」
「他に、この2つと同じくらいの高さを持つ建物として、
後者のポンプ場に関しては、現場の西側400メートルと離れていないが、バルコニーとポンプ場の間に、送電鉄塔が立っていて、こちらも狙撃不可能」
「民間人は?」
「現場から半径2キロのエリアを封鎖。 住人は近くにある、浜名中学校に避難している。
もちろん道路も通行止め。 メディアへの報道管制も敷いているが、あと30分が限界だろう。
以上が、現場の状況だ」
そこまで聞くと、彼女は無言でタブレットの電源を切り、通路の向かいに座る太箸に手渡した。
険しい顔も、おびえた顔もすることなく、ただただポーカーフェイスを保って。
「犯人を殺さない、安全な狙撃となれば、老人ホームか専門学校の屋上になるだろう。 狙撃犯に連絡して――」
「それを決めるのはアタシ。 アンタらじゃない」
しっかりと相手の目を見据えて言い放つトゥー・フェイス。
自分より年上の、それも警察官相手に、度胸のある姿勢だ。
などと思っている間に、2人を乗せた護送車は減速し、ようやく止まった。
着いたのだ。 その乱射事件の現場へ、と。
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