第2話
「犯人と、ソイツの起こした事件は分かった」
事件概要と関係者の顔が並ぶタブレットから、ゆっくり顔を上げると、トゥー・フェイスと呼ばれている彼女は、息を思いっきり吐いて、太箸の顔を見た。
片手で前髪をかき上げながら。
「で、アタシは何をすればいいの?
事件から1時間以上たってるなら、狙撃班ぐらい、もうスタンバってるはずでしょ?
私の手を借りなくても、充分いけると思えないんですけど」
「問題は、奴が立てこもってる場所だ」
「というと?」
彩美は、自分が乗っている車が、どこへ向かっているのか。
カーテンで遮られた車窓から、チラリと見える風景から、多少分かってはいたものの、それがどう問題なのか。
彼女は理解できていない。
質問を返したトゥー・フェイスに、太箸は説明をつづけた。
「国道152号を北に向かってるので、おおかた察しはついてるとおもうが、現場は浜北区平口。 グリーンアリーナの近くになる」
「浜北副都心計画。 整備エリアのひとつね」
「そのとおりだ。
問題の隠れ家っていうのが、周囲を田んぼに囲まれてる、開けた場所のど真ん中にあって、うかつに近づくことができない。
今のところ死者は出ていないが、犯人の乱射でパトカー数台が被弾している。
顔を出し、近づけばマトになる、そんな状況だ。
おまけに、周りには家どころか、遮蔽物が全然無くてね、遠距離の狙撃もかなり厳しい上に、県警本部は犯人を殺さず、逮捕するよう命令を出してきた」
すると――
「そういえば、乱射魔の件で栃木県警、めちゃくちゃ叩かれてましたもんねぇ~」
と、鼻で笑う彼女に、太箸が眉を一瞬しかめたものの、それを横目で知りつつ訂正も謝罪もせずに、トゥー・フェイスは話し続けた。
「この国の治安も悪くなる一方で、おまけに銃だの刀だの、危なっかしいモンをカタギの皆様方が振り回してるっていうご時世なのに、犯人が殺されると、みんなこぞって警官を袋叩き……」
「その辺については、無能なテレビの
今するべき話じゃない。 そうだろ、トゥー・フェイス」
太箸は、ドライを決めつつ、ようやくの本題へと、話をつき進めていく。
「さ、ここからが本題だが、君の言う通り、警察の上層部は市民感情が逆なでされることを恐れている。
警察の銃で再度人が死ねば、叩かれるのは犯人ではなく我々警察だ。
だが、本部の連中は、デッド・オア・アライブを含め、現場がどういう状況なのか全くわかっていない。
そこで――」
「登校前のJKに、かるーくトリガー引いてもらって、大団円としゃれこもうと?
マッポよ、今夜も有難う。 って?」
再び嘲るような言い方。
密室でこの振る舞いを受け続けるのも、苦痛になってきた。
流石の太箸も眉をしかめて、いよいよ不機嫌さをあらわにする。
「そんなに嫌か?」
居眠りといい、確かに彩美は、この仕事に乗り気ではないように見える。
が、その理由を依頼人を前にして、彼女は遠慮せずストレートに言い放った。
「ええ。 正直に言うと警察からの依頼は、カネにならないもんで。
どれだけの汚れ仕事でも、警視の言う市民感情とやらが煩くて、税金どころかポケットマネーでも、依頼料が振り込まれない。
今まで県警の依頼で動いた、全ての依頼がそうでしたから」
そういうと、彼女の表情は能面のように消え去り、目の濁りは一層強さを増していた。
例えるなら、出口なきブラックホール。
それも、底なしの暗黒面だ。
吸い込まれれば、光すら逃げられない。
「アタシはね、ミスター。 カネと信頼はセットだって考えなの。
自分が安全に過ごしたい。 悪いことだと分かってても、引き金を引いてほしい。
そういう人たちと私ら仕事人を繋ぎ、その覚悟を示すものこそ、依頼料、カネなのよ。
逆に、依頼と釣り合わないペイを投げてくる連中、仕事を依頼してるのに一銭も払おうともしない奴らを、私は絶対に信用出来ない」
その自信に満ちた口調に、どもりも、詰まりもなかった。
仕事に対する人生観。
そう、“宗教”とも呼べる信条を説き終えた彼女に、太箸もまた、黒く汚れた目で、こう言い返した。
「我々からの仕事は、徳政令みたいなものだ。 違うか、トゥー・フェイス」
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