01
「お前さん、入水なんぞを考えるほど、悩んでたのかい?」
「だって…だってみんな勝手なのよ!」
「うん?」
「私、まだ嫁ぎたくないのに! 早く孫の顔見せろだなんて言うのよ!?」
「ほう。お前さん、今いくつだ?」
「今年、18になったわ。同じような子はたくさん知ってる。なのに、どうして私だけっ…」
菖蒲は、目一杯に理不尽な思いの丈を叫んで地団駄を踏んだ。
この年頃の娘らしい憤りを見せる彼女を前に、青年は参ったとばかりに頬を掻いた。
「ここで会ったのも何かの縁…てな。話を聞いてやるよ。だから自殺なんか考えんな」
「…!」
青年の隻眼に真っすぐ見据えられて菖蒲の心臓が可笑しな具合に跳ね上がり、頬が赤く染まる。
「まあ落ち着け、な?」
「うん」
膝を抱えて座った菖蒲の隣に、ゆっくりと隻眼の青年が座した。
「で、なにから聞こうかね?」
「あのね……とにかく習い事が半端ないの。それが、ツラくて堪らない」
「ほお?」
「だって、お針に華道にお茶…それに琴まで! 花嫁修業とか言って、楽しんでるのは自分達だけなのよっ」
「そりゃあ、大儀だな…」
「でしょう!? ぼやぼや欠伸もできやしない」
延々と続く菖蒲の身の上話に溜息を交えながら、相槌を返す。それ以外に、彼女の感情を解消する術が思い付かなかったからである。
「ここまで叫べば大分ガスも抜けただろ。どうだ、元気…出たか?」
にっ、と口角を上げた青年に菖蒲はハッと口元を片手で覆う。
訊ねられて気づいた。何もかもが嫌で、投げ出したい気持ちが嘘のように消えていた。
「そうね…そういえば」
「死のうなんて、もう考えんなよ? 親御さんだって説得すれば解ってくれるさ」
「でもっ!」
幸い菖浦自身の気は収まったものの、頭の固い両親が説得に応じ、かつ納得してくれるかどうかは別問題だ。
「もう帰んな。そろそろ一雨きそうだし…俺はもう行くぜ」
菖蒲は、青年から常人にはない不可思議な気配を察して彼の袖を引いた。
「ねっ、貴方…名前、聞いてもいいかしら?」
「名前? ああ、俺はカイリという」
「あたしは菖蒲。あの…またここに来るの?」
もじもじと手を揉みしぼる菖蒲の仕種に嫌な予感を察したカイリは、目を丸め驚いた顔をしてから、空を仰いでやや面倒臭そうに応えた。
もしここで素性を暈しても、きっと目の前の少女は意固地になるに違いない。
「さぁな…気が向いたら来るかもしれん」
「カイリは旅をしているの? なにか宛があって?」
「あー…もう帰れっつってんのに。ああホラ、降ってきやがった」
「まっ、ホントに雨! 嘘じゃなかったのねっ」
「悠長にしてんなっ…濡れるぞ!」
「きゃー、冷たいっ」
二人揃って慌てて大木の軒下に逃げ込むが、大した意味もなく揃って濡れ鼠になってしまった。
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