第84話 晒される秘匿〈1〉
言われていることが理解できなかった。
いや、理解したくなかっただけかもしれない。とにもかくにも、話された内容は理解の範疇まで染み込んでこなかった。
「なんだよ、それ……」
拓海の口から紡がれたのはそれだけだった。続いた桃香の言葉も動揺が見て取れる。
「だって、さっきまで……一緒にいて。話だってしたし……」
朱音も玖島から告げられた事実に立ち尽くしていた。
今すぐ理解しろ、受け入れろというにはあまりにも難しい話だった。何故それを知っているのか、どうしてそうなってしまったのか。今まで接していた一ノ瀬和真という人は何であるのか。そんな疑問だけが思考を占めていく。
「今回のことで俺が弾糾されるのは当然だけど。それならもう一人、話を聞くべき人がここにいるんじゃないかな? ねぇ、——二見修司くん?」
玖島の問いかけに朱音たちは再び言葉を失う。
修司は玖島の問いに答えることなく地面に視線を落としていた。応答を期待していないのだろう、玖島は言葉を続ける。
「君は和真くんが一度死んでいるという事実を知っていたはずだ。そうでなければ影と対峙した時、あそこまで迅速に行動できない。と言っても、君のことも彼のことも、あの時まで推察止まりだったけどね」
どういうことなのかと朱音は疑問の目を向ける。それに気づいた玖島は話を続けた。
「あの時、俺から見て一番状態が悪かったのが拓海くん。次点で和真くんだった。その中で彼が真っ先に声をかけたのは和真くんだ」
「それは……拓海の一番状態が悪かったから、あえて一ノ瀬君に声をかけたんじゃ……」
トリアージではないが、あえて精神的に一番状態が悪い拓海をおいて和真に声をかけたのでは、というのが朱音の見解だった。
「まあ、それもあるかもね。ただ、あの恐慌状態の中で更に状況が悪くなるのが和真くんだったんだよ。だから一番に声をかけた」
和真が亡くなっていた事実を修司が知っていたこととどのように繋がってくるのか分からず、朱音はわずかに眉根を寄せる。不服は承知済みのようであるが、玖島は意に介さず再び話し始めた。
「それじゃあもう一つ別の話題。俺たちは魚が見えるようになった時期と条件が異なる。臨死体験やそれに近い経験をした後に魚が見えるようになった五十嵐さんや俺。一応修司くんも含めようか。臨死体験をしていて海を渡ってから見えるようになった拓海くんと四宮さん。この二つだ。本当はもっとサンプルがないと検証にならないけど、魚が見えること自体が特殊だからそこは致し方ないとしてほしい」
和真くんは特殊案件だから省くけどね、と言って玖島は一度締める。そこで口を閉ざしていた桃香がやっとと言った様子で口を開いた。
「……それは、年齢による違いじゃないんですか?」
「四宮さんが言う意味の年齢なら、幼い頃に臨死体験をしている君たちが先に魚が見えていた方が自然だ。年齢が若い方が記憶の海と繋がりが強いからね。それにもかかわらず、俺たちは臨死体験後に魚を見ていて、四宮さんたちは記憶の海を渡ってから魚を見るようになっている」
透明な魚はずっと存在しているという先入観。それが間違っているとしたら。
「つまり、桃香や拓海の臨死体験以降に魚が誕生した……?」
「そういうこと」
朱音の回答に玖島は肯定の言葉を返す。和真が特殊案件と言われたことが即座に想起され、全身が粟立つのを抑えきれなかった。
「じゃあ、その分岐点はどこかと言われれば和真くんだ。彼が魚を見るようになった状況は明らかに異質。それに加えて、怪我をして数日間行方不明になっていたことがあった。俺たちなら彼が何かしらの理由で記憶の海に飲まれていたんじゃないかと推察するはず。そして、その頃に世間を賑わせた重大な事件が二つある。一つは高速道路の居眠り運転によるバス事故。もう一つは」
「関東県域で起きた、小児無差別殺傷事件……」
蒼白な顔をよりいっそう白くして、桃香が呟いた。
「和真くんはその殺人犯に殺されて死んだ。それを知っていたから、君は彼を一番にあの場から遠ざけようとした。違う?」
訪れたのは極寒の沈黙。
長い沈黙を経て、修司は緩やかに玖島の問いに答えた。
「……そうだ」
どくどくと心臓が嫌になるほど早鐘を打つ。あまりの不快さに朱音は右手を握って胸に当てた。
「でもどうして……そんなことを知ってたの?」
桃香が修司に向かって茫然自失気味に問う。しかし、それに答えたのは修司ではなく、玖島の方だった。
「君の異能が〈過去を見る〉だから。そうでしょ?」
思ってもみなかった秘密の暴露に言葉が出なかった。修司は平然と言い放った玖島を静かに睨みつける。
「そもそも、それこそあんたが仕掛けたことだろう」
「え?」
「臨死体験、それに近しい危機に陥れるだけならやり方は問わなかったはずだ。だけど、あんたはあえて俺を海に突き落とした。〈過去を見る異能〉を持たせるために〈過去の再現〉をしたんだ」
朱音の戸惑いの声をよそに、修司は強い口調でそう問いただした。玖島は何の感情も見せずに受け答える。
「……彼の過去を正確に知れる者がいてほしかった。ただ、君が過去を見る異能を得るか確実ではなかったけどね。けど、俺たちはこれまでの経験の構成、データから異能を得ていると踏んでいたから、その手法をとらせてもらった」
怒涛の如くもたらされた事実に思考が停止しかけ、朱音は一歩のところで踏みとどまった。険悪な空気が流れる中、おもむろに口を開く。
「一ノ瀬君を助ける手はあるんですか?」
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