第42話 邂逅〈2〉
「朱姉がいるし、ああ言ってたけど、ももだってちゃんと押さえているところは押さえているから大丈夫じゃない? 確かに二人でいるとちょっと目立つ気はするけど」
「……そこなんだよ」
あまり本人たちは自覚がないようだけれど、朱音も桃香も人目に付く。主に男に。校門で朱音と再会した時のことを鑑みると一回は声をかけられるのではないだろうか。面倒ごとに巻き込まれなければいいなと思う。
そんな思考を馳せていた時、視線を感じて和真は拓海に声をかける。
「どうした?」
「うーん? いや、和兄は朱姉のことどう思ってるのかなぁって」
「え? なんだよ突然」
「だって普通に気になるじゃん」
拓海にじいっと見つめられ、視線に気圧された和真は遠慮がちに答えた。
「えっと……すごく落ち着いてて冷静に物事を見てるなって。自分の発言に責任を持ってるって感じるし、本当に頼りになるって思ってるよ」
思慮深くて拓海をはじめとした他の人を思いやれる人だ。自分ができることを見出して行動でき、努力を怠らない姿勢は正直にすごいと思う。人として尊敬できるし、今まで朱音には色々な場面で助けられている。
和真の返答に拓海はふーんと、なんとも言えない相槌を打った。
「じゃあ朝木さんのことは?」
「へ? 朝木?」
「うん」
一瞬どういう繋がりなんだと思ったが、和真は考えを馳せると正直にそれに答えた。
「うーん。本当に面倒見いいし、周りを引っ張っていく明るさがあるっていうか。コミュニケーション力の高さはすごいなぁって思うし、見習いたいし。なんていうか、女の子なんだけど気兼ねなく話せる……」
「ふーん」
「な、なんだよ? さっきから」
言葉を切られるように相槌を入れられて疑問をぶつけるが、拓海は呆れたような表情をしただけだった。彼は軽く息をつくと仕切り直すように腕を組む。
「じゃあ、とりあえずそれは置いといて本題に入るけど」
それなら今までの質問はなんだったんだとつっこみたかったが、それは声に出ずに終わった。先ほどのふざけた雰囲気が影を潜めていて、和真は自然と拓海の言葉を待つ。
「玖島って人、どう思う?」
その瞬間、少しだけ空気が張り詰める。質問に質問で返すのは野暮だと思ったが、正直な意見を聞きたくて和真は拓海に問い返した。
「拓海はどう思うんだ?」
「俺はあの人嫌い」
「ははは……」
思った以上にストレートな言葉が返ってきて和真は苦笑いするしかない。身も蓋もないとはこういうことを言うのだろう。先ほどとは打って変わって真剣な表情で拓海は続ける。
「確かに表層の思いが分からなかったっていうのもあるけどさ。……なんて言うのかな。それ以前に、笑ってるのに笑ってない感じとか、すごく違和感がある人だなって感じ。正直なところ、ちょっと怖い」
そう言って拓海は身を抱えるように腕を組む手に力を込めた。拓海の言いたいことはよく分かると和真は思う。
腹の底から湧き上がるような熱を帯びた目、何もかも否定するような冷徹な視線ならまだ分かるのだ。玖島が時折向ける視線には熱も冷たさもなかった。感情が褪めた視線が底知れなくて、言い表せない不安が湧き上がってくる。
「……拓海が言ったのと同じで、よく分からない人だとは思うよ。でも、何かあるんじゃないかって感じるところはあるかな」
和真の返答を聞いて、拓海はなんとも言い難い表情をしてから深いため息をついた。
「和兄は人が良すぎると思う」
「そうかなぁ。俺だって嫌なことは嫌だって言うし、理不尽なことは嫌だし。腹が立つことだってあるよ」
自分がお人好しという部類なら朱音や拓海、桃香にも言えることだと思う。そこでじっと拓海に見据えられていることに気付き、和真はわずかに狼狽えた。
「な、なんだよ?」
「ううん。なんでもなーい。話し込んじゃってごめん。そろそろ魚探しに行こう」
そう言って拓海は一番街とは逆の方向に向かって颯爽と歩き出した。そんな彼の後ろ姿を和真は慌てて追う。
魚の気配を探しながら細い道を歩く。東通りは一番街方面とはまた違った雰囲気だ。小劇場があり、服屋以外にもカラオケ店、楽器屋など様々な種類の店が軒を連ねている。どの店も規模は小さいが個性的で目を引くものが多い。
散策しながら見つける魚は人の命を喰べた個体ではなく、いつものように目的もなくふわふわと浮遊していた。不自然にならない動作で消失させていく。
「……今回の件、気になってるんだよね」
結晶となり、光を伴う砂塵となって消えていく魚を横目で見ながら拓海はぽつりと呟いた。
「どこが気になるんだ?」
「ももや俺も多少は魚の気配を感じるし、そもそも探すのは朱姉や和兄が得意だからすぐに場所が分かるでしょ? 組み分け以外に特別変わったことは今のところしてないし、魚を見つけることに価値を感じないというか、今回の重要点じゃないような気がして」
「……確かにそうだな」
指摘されて改めて考えると確かに違和感がある。桃香が夢見で重要だと感じたという割には、今のところ特段変わったことをしていない。
考えてみるものの結論が出るものでもなく、二人はそのまま込み入った商店街を抜けて大きめの通りに入る。銀行や病院などがある通りなので下北沢散策に来た人の通りは少ない。大通りを伝って歩くうちに横道に浮遊している魚が視界に入り、和真は拓海に声をかける。
「この後少し休むか」
「うん」
魚に向かって足を進めようとした時、ぐっと腕を引っ張られて和真は思わず姿勢を崩す。
和真の視界に入ったのは必死な表情で腕を引っ張る女性だった。続けて投げかけられた問いに和真と拓海は目を見張った。
「あの、もしかして……あの魚が見えますか⁉︎」
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