第7話 時計塔の街3

 ――明日美はネアについて調べようと決めた。


 街中で、その物品としてあり得ない動きをするものに出くわした。

 普段不動直立の筈の街灯が、まるで柔軟な木の如くしなってみせたのだ。

 しばしそれらと向かい合っていたが、皆があまりにも気にせずに平静にしている。思考が真っ白になり唖然とする様子の明日美にチラリという視線すら向けずに、皆勝手にしなる街灯の下を通り過ぎてゆく。

 ……思考が働き始めた明日美は貰った地図を取り出し図書館に向かう。


 図書館の受付に用件を伝えて、ネアに関する記述が載った本の所まで案内してもらう。そして明日美は長テーブルの前で着席して資料と向き合う。ネアとやらを身近に感じても平然としている人々の返答に頼り切りにならずに、公平な見方をしてくれそうな書物に飛び込みたい心境だったのだ。

(先日の彩りの草原の時にもネアという事が書かれた書物を見つけた。あそこと、ここは世界観が同じなの?)


 ネアは人の意識に反応して形を変えるらしい。

 世の中は見渡せば物質物理の世界だが、この世界ではそこにネアというモノが混じる事がある。固い石を加工するには道具などで強い力を加えねばならない。だがその石にネアが混じっていると、人間が加工したい形を思い浮かべて強く意識するだけで手を触れずに加工は成される。

 付着したネアが石に働きかけて性質を変える。人の意識を仲介して作用させる、らしい。


 ……細工が難しい形状を成し、機器の一部として生産力を高め。

 ――感情を満遍なく現せた芸術作品が、見聞き知る者の心を打ち鳴らし。

 ……――移り変わる人々の好みに見事合わせた嗜好品を創り出す事も可能だった。


 ネアと人とで、新たな世界観を創造していったのだった。――と、資料には記されている。

「じゃ、そのネアってどういうものなの? どこから出てきたの?」

 小さな声を思わず零しつつ、更にページを繰る明日美。


 ――……。

 目を皿のようにして調べてみた所。

 大昔にネアという存在が登場した。星の寿命というスパンで見ればそれは突如として現れたモノだったらしい。何故その当時、その時期に登場したのか?

 それは天文学的、占星術的といった周期による所が大きいとされている。そしてそれはこの星に住む人間に満遍なく影響した。どの様な影響だったか?

 それは精神性の向上だった。目に見えぬ世界に想いを馳せ始めたこの星の人。従来把握してきた既知の物質を、常識と決めた使い方で運用して構築してきた社会から皆で外れた。星全体に渡ってその様な影響が有無を言わさず轟いた。では新しくなった人間は何をしたか?

 統一。ユニティ。結束。大宇宙からの呼びかけに震えるかの如く、人々は心身共に立ち上がった。そして場所は別々でも、皆静かになり……空を見上げた。

 この時当時の人々は無意識を通じて団結した様だが、結果としてネアなる存在が現れたとしてどの様な形でどうやってきたのかは書かれていない。


「……」

 明日美は本を読み進める。

 天文周期による全世界的人々の一致団結。その集合意識は、人々の新たになった精神性を以て新たな光景を想像しようとするものだったとされている。自分の、自分達の心が今までにない現実を創っていくのだという人の意識でこの星が満たされたかに思われた様。


 物体にしろ何にしろ、ネアという存在が混じると規格外の動きや外観を見せるという事は書物を通じてだが確認出来た。例を交えて、いつどこでどんな物体がその様に変わった動きを見せたかなどだ。

 そう言った例を何度も挙げてくれていて、人々はそれを何度も目にすることでそういうモノなのだ、そういう世界なのだ、我々の居るここは――。

と、受け入れていったという事らしい。

 それは解った。

 しかし。

「~~~~」

 明日美は頭を抱えた。立ち上がって受付の人に、気になる質問をしても正式な答えは返ってこなかった。その質問とは。


・ネアは何処から来たのか、だ。


 ネアという存在が元々はどういう形で、何処から生まれ出でて、街に溶け込むようになったのか……それがはっきりと書かれていないのである。明日美、痒くも無い頭をかき、さする。

 地球出身から見たら超常現象としてしか捉えられない光景を、この街に沿って疑問を持たずに受け入れ飲み込まなければならないのかと悩みこむ。

 が、そんな心境の彼女が居ようとお構いなしに時計塔の音が鳴る。それに反射する様に図書館内に居た周りの人々が、席から立ち上がったり終いの動きを見せる。それを左右見回して確認した明日美は、心落ち着かぬまま席を立ち読んでいた本を戻す為本棚に向かった。


 ――図書館を出ると夜風が迎える。ふわりと明日美の髪を持ち上げて去っていく。心地よい涼しさの癒し。新参の明日美を良くも悪くも大して気にすることも無く、図書館から吐き出された人々が立ち止まったままの明日美を追い抜いていく。

「皆同じ時間に沿って動いてきたんだ。……これからもそうなのかな」

 ポツリと口から出た言葉だが、良し悪しを抜いた無垢な疑問形だ。そしてそれを聞き留める者は誰も居ない。やってきた夜が街に帳を下ろす――。



 宿に戻るがてら明日美は街人に気になる事を聞いてみた所、ネアによる創造は昔の事で今の人々は何処にネアがあるのか把握しきれておらず、どこの物体のどの部分がネアによって性質が変わるかどうかも判別出来ぬという事。

 そうだというなら、今立っている足元だって文字通りおぼつかなくなるかもしれない。だが特に警戒せず帰路に着く人々を見て、自分一人だけ警戒してる訳にもいかないのかなと宿のベッドで思う。


 そして離れた場所で黒ずんだシルエットとして立つ、街の中央の時計塔。



 ……――時計塔の街。

 ここでは人々は働く時間休む時間は共有されている。カラコロと荷車を曳く音。多少個人差により時・リズムにズレがあろうとも長くは続かない。

 トクントクンと。心臓の音と秒針は多少のズレがあってもいずれは共鳴していく。一歩一歩進むごとに無意識的に時計の確固たるリズムはそこにある。

 街路を……靴を履いた足で叩く音、歩数、リズム――。赤子のゆりかごの揺れては戻る、婦人の包丁さばき、物づくりの老人が糸を手で繰る回数。全て数理が仕組まれている様な気がしても可笑しくない。


 心臓もそうであろうか。

 宿で起きた明日美が最初よりは慣れたルーティンをこなそうと街に、仕事に繰り出す。視界の後ろに流しつつも、年季を感じる街並みを心の何処かで観察する。犯罪も見当たらず、皆力を合わせて気持ちを分かち合う。一朝一夕で出来る営みではない。

 いつ頃出来た街なのか、昔はどういう光景だったのか。今を生きる街人の先人達、それらを視線を斜め上にしながら想像する。


 ――……命去った街人は何処に行くのだろうか。多様な職種あれど、死生観を探求する者もやはり居る。が、明確な答えは出ていない様だ。


 時間は伸び縮みする――、と言及し明日美が元居た世界に影響を与えた科学者が存在した。この世界ではどうか。

 時間という空間を自由に、限られた範囲だが泳ぐことが出来るとする。時間は誰にとっても平等なのか。

 ……明日美は石畳の床を歩いていた。木造家屋目立つ日本らしからぬ、硬質な家が立ち並ぶ街並み。スウッと木の葉が緩やかな降下でそっと地に着いた。くすんだ茶色の葉を見下ろして何となく思う明日美。

 この街にも季節があるのだろうか。

 葉が落ちて休眠する木の様に。

 四季の如く節目はあるのだろうか?




 ――。

 来訪者明日美がこの街の生活様式に慣れ始められそうな頃。ラントという青年に出会った。三十代位の顔付きでベージュ色の髪を短くしそこに手ぬぐいを巻いている男……。

 明日美が荷運びの仕事をしていると、そのラントに対面する事になったのだ。荷のお届け先である時計塔に入りその入口付近に荷物を置こうとしたら、彼が何処からともなく寄ってきて地球の母校由来の制服姿である明日美の全身を確認した。

 やはり一目で余所者、新参者と判じたみたいで何処から来たのかと問うてきた。明日美が口ごもりながら何処から来たかよく覚えておらず、最近この街にやってきたという返事を聞くと。

「そうか……丁度この時期に」

 少なくとも嬉しそうではない面持ちで、低く大きくも無い声でそう言ったのが気になった明日美。明日美も彼の全身をサッとチェックする。

 機械整備士の彼。職務故に付着した汚れがあちこちに散見される作業着を目の当たりにしていると、3Kの仕事内情を思い浮かべてしまう。

 二人の周囲にはたった今持ち入れた荷物があるだけで人の気は無い。足音がよく響きそうなエントランスホール、背を向けて去っていくラントの後ろ姿からは喜怒哀楽の哀が感じられた。

 彼の言葉の意味をどう捉えたらいいかと、動かずにその背を見つめる明日美の耳に彼の足音が入ってくるが――その足音ですら彼の哀を表しているみたいに思えた。

 明日美は仕事に戻るため踵を返したが気になって振り返る。ラントはやや離れた所におり呼び止めにくかった。時計塔を出つつ、明日美は出そうとして吞み込んだ問いを頭で反芻させていた。

 この時期の街に来ると何かあるのか、と。



 ――この街に根付く、茶にくすんだ色の葉を自身から伸ばした枝中に付けた木々達。街路で、或いは家屋によって目立たぬ影で、店のテラスに陰りを射す様に屹立するその木々達。明日美がやってきて数日は暖かったり涼しかったりを繰り返す気温だった。

 しかしその温度も平坦に、まるで思い直したかのように安定する時がある。暖かくも無く涼しくも無いと言える外気を明日美は仕事中とはいえ感じ取った。そこらのベンチにでも座ってゆっくりと感じたい外気温だなと思いながらやや上方を見上げる。多少の雲あれど快晴に近いモノを冠した街の景色は問題なさそうだ。

 が、いつもと違う行動を取る人々が目立つ。その理由は解る。

「祭りか。前回の祭りから各々取り組んできた仕事や課題の成果を見せ合うらしいけど。飲食と音楽で盛り上げるモノって大雑把に聞いたから素材は文化祭とかと似てそうかな」

 今朝方、役所から聞いた話によると一年に一回ほどの祭りの時期が近付いているとの事。明日美でも解りそうないつもと違う街人の動きに沿って、準備の手伝いをしなければならない。主にテントや屋台の資材を運搬し組み立てる。規定の位置に既定の数立っているかを確認して上司に報告をするなどをだ。


 街に入ったばかりの自分が参加に興じるので、遠慮がちな気持ちになるが準備で関わった街人達は明日美の肩を叩いたり笑みを向けて来る。――一緒にいい日にしようと。

 次々と組みあがっていく祭りの光景。何処とも知れぬ世界のお祭り騒ぎ、そんなフレーズが心に染みていく準備の日々。明日美はワクワクして気持ちが軽くなると、ある時地面に光っているモノを見つけた。

「金色……」

 煌びやかな光源は、茶にくすんだ葉を付けた木々の落とし物らしい。祭りの時期が近づくと金色となって落葉し数日の間、見る人々の心を麗しくする。黄金の絨毯とまではいかずとも、街路のそこかしこで点在し風に乗っては眩い軌跡を描いて飛んでいく。

 夜の宿で窓からその光景を頬杖をついて見る明日美。つい頬が緩み胸が高鳴る。

(どんな祭りになるんだろう)


 祭りまでの間、少し気にかかった事といえば。

 ラントという先日の青年が街中を巡って注意勧告に励んでいた。

 ――当日は高い所に登るな。

 それを聞き流す街人達はからかい笑いながらその場を過ぎ去る。

 ――またいつものラントの心配性が始まったよ。この時期になるといつもそうなのよねえ。風にあおられて危険だっていっても子供じゃないんだからっ。

 横目な明日美はその様子を耳に入れるが、特に深くは気にしなかった。だが新参の彼女がそこに居るのに気が付いた人が注釈の如く付け加えた。

「気にしないで。祭りの前はこんな感じ。貴方は普通に楽しめばいい。あ、荷運びやってるんだって? 後でラントに栄養剤でもサービスしといてあげて。あの人、健康や運動に気を使ってるから。機械仕事で頭も体力も使うからぶっ倒れない様にさっ!」

 頷きを繰り返す明日美。



 ……時計塔の針は粛々と進み。





 そ し て 祭 り の 日。

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