番外編 芙二宮千草の聖夜の過ごし方
クリスマスは「フジミヤ精肉店」の書入れ時である。商店街も華々しく飾り付けられ、町は数週間前からクリスマスムード。三件となりのケーキ屋さんもこの日のためにせっせと準備を重ね、酒屋さんのおっちゃんは普段は置かないような洒落た酒を店頭に並べていた。
うちもまた、各家庭に並べられるようチキンを仕入れた。そう、チキンを。
「…………クリスマスにはチキンが定説だが。この辺の地域一体くらい、フジミヤの肉が主流にならないだろうか」
サンタの恰好をして店番をしている俺の背後からそんな声がする。振り返れば、珍しく五体満足の藤宮蘇芳がこちらをじとりとした目で見つめていた。
「しょうがないだろ、日本中……いや世界中のクリスマスのイメージがそうなんだから。クリスマスといえばチキンにケーキ、大人はお酒。お前もどれも好きだろ?」
「そりゃあ好きだがね。でも人間、一度は憧れるものじゃないか。『クリスマスの主役になってみたい』と」
「それは………どうかな………?」
確かに主人公になりたい願望は人によって持ち合わせているかもしれないが、この男が言う「主役」というのはあくまで食卓の主役という意味である。俺は改めてげんなりしつつ口を開いた。
「というか、お前の体はひとつしか無いんだから難しいだろ。何人もいて牧場があるなら別だけどさ」
「ふむ、牧場か。フジミヤ牧場。…………いいかもしれないな?問題はそうそう不老不死の人間が生まれるわけがないと言う点で、そのどれもが美味い肉であるかもわからないと言う点だ。いやでも大量生産大量消費するなら不老不死でなくても構わないのか………」
「そうなったらお前、種牛ならぬ種宮だぞ。沢山遺伝子残さなきゃいけなくなるんじゃないか?」
「遺伝子………」
藤宮蘇芳の動きが止まる。どうした、と聞くと「いや」と返した。
「子供か。ちょっと自分の子供について考えていたんだが。俺が不老不死だろうが、子にそれが引き継がれるとは限らないだろう」
「まあ――――――そうかも」
「………子供が先に死ぬのは嫌だなあ」
「……………………」
俺は藤宮蘇芳をちらりと見る。考え込むような素振りをしていた彼は俺の視線に気づき、いつも通りの笑みに戻る。
「それに、カミさんを貰うのは中々良いがね。負担を強いるのはいけない。ましてや生むのは彼女たちなんだ、自分の子供が食われるためだけに生まれてくるというのは、なんとも惨い話じゃないか」
「……………………」
情はある、のだと思う。倫理観こそ欠如しているが、その思考は極めて真っ当だ。だが彼は今まさに、誰かに自分の肉を食わせることを生きがいにしている。自分の体にこれ以上の無い負担を掛けている。あくまで、自分ひとりだけで済ませている。
―――――――俺は、それに巻き込まれている。
「…………じゃあ、家族を作るのは?家族とクリスマス、過ごしたいって思わないのか?」
「煌めいては見えるがね」
藤宮蘇芳は緩やかに頬杖をつき、「それだけだよ」とだけ言った。
俺はひとつ、唾を飲みこむ。そうして店頭から彼の方に歩き、その横を通り過ぎ、財布を手に取った。そこから数枚抜き―――――――
「――――――――――ん」
藤宮蘇芳に、渡した。彼は珍しく目を丸くして、札と俺を交互に見ている。どういう意図かと問いたげな顔だ。俺は小さく溜息を吐いて、口を開いた。
「…………暇なら、この金でケーキ買ってきてくれないか。あと酒」
「………………………うん?」
「だから、聞こえなかったのかよ。ケーキと酒のおつかいを頼んだの、俺は」
「いや、それはわかるんだが。この会話の流れで頼まれるとは思わなくてだね」
「あー、…………その。」
しばらくもごもごと言葉を発さない唇が無駄な動きを繰り返し、やがてひとつの言い訳が出た。
「………ほら、親父が死んでから俺、初めてのクリスマスだろ。誰もいないのは、その
…………………味気ないっていうか、あの…………」
藤宮蘇芳は俺の言葉をひとつひとつ拾うような顔をしておいたが、窄まれた言葉尻に何かを悟ったのか、いきなりにやにやとした顔で、馴れ馴れしく俺の肩を抱いてきた。
「ほほう。つまり千草くんはあれか。俺とクリスマスを過ごしたいと言うのだね!」
「!そ、そこまでは言ってない!俺はただなあ、」
「ははは、なんだ。君も可愛い所があるじゃないか。良いだろう良いだろう、お兄さんがとびきり美味しいケーキを見繕って来てやるからな」
「兄さんじゃなくておっさんだろうがお前、あーもう、いいから行ってこい!」
「はいはい」
ぱっと離れた彼はまだくすくすと笑っている。俺はなんだか気を遣ってしまったのが――――――そして、自分自身の寂しさを吐露してしまったのが恥ずかしくて店頭へ戻ろうとする。するとふいに、「千草くん」と名を呼ばれた。
「なに、」
ぽすんと頭に手が置かれる。そのまま少し撫でられて、彼は言った。
「………優しい君に、幸運が訪れますように」
昔、父はよく俺の頭を撫でてくれたっけ。
若い男の瞳の向こうに、確かに築いてきた時間が垣間見える。
お前がそれを言うか、と思った。けれどきっと、あいつは本当に、本当に俺のしあわせを祈っているのだ。
「……………………ずる、……………」
確かないびつさに気づいていながら、化け物からの愛情のようなものを享受している俺自身に言ったのか、化け物なのに人間らしい笑みを見せる彼に対して思ったのか。
「………………ケーキ、楽しみだな………」
それでも、聖夜に一人じゃないというのがこんなにも胸を温めるとは。早く夜になればいいな、と思いながら俺はまた店頭に立ったのだった。
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