番外編5 再会
私は、家族が大好きです。
厳格で頭が固いけれど、人として芯のある父。流されやすいけど穏やかな母。大変頭が良く、プライドが高いけど虫が苦手な兄。そして―――――
「■■、おいで。一緒に本を読みましょうね」
「はあい」
私より五つ下の弟、■■。■■はそれはそれは可愛らしく、抱きあげればきゃっきゃと喜び、「ねえさん」と呼ぶ声は舌ったらずで。人懐こい笑顔をする、私の大好きな弟でした。
■■は同い年のこどもより人が好きなようで、近所の大人にひょいひょいついていく―――――――のはさすがに困りものでしたが、一言で言ってしまえば、可愛がられるタイプの子。末っ子なこともあり、ちょっぴり甘えん坊。父はよくそんな■■を叱っていましたが、そのたびに私が止めに入るので諦めて降参する、なんてこともあり。
やがてすくすくと育った彼は、ご飯を食べることが大好きな少年に育ちました。
しかし、困ったことがひとつだけ。
「―――――――姉さん。俺も料理を作りたいんだが」
「だめだめ、男子厨房に入るべからずと言われてるでしょう?■■はお料理なんてしなくてもいいの」
「いやいや、何も俺は母さんと姉さんの負担を肩代わりしようって言ってるんじゃない。俺が、俺自身が料理を作りたいと思っているんだ」
「だーめーでーすー!そんなの許したら私がお父さんに叱られちゃう。ほら、こんな所にいないで勉強でもしてきなさい。立派な軍人さんになれないわよ?」
「ち…………」
「舌打ちしなーい!」
食器を棚に片付けながら、ちらりと弟を見ます。弟はつまらなそうな、それでいて残念そうな顔をしながら口を尖らせていました。そういう様子は、申し訳ないですが可愛らしいものです。私も姉心が久しぶりにうずいて、彼にこう問いました。
「………ちなみに、何を作りたいの?」
「ハッシュドビーフ!」
「牛肉なんてうちにはありません!却下!」
これまた残念そうな顔をする弟に、私はなんと答えたでしょうか。お金が入ったらにしましょうとか、戦争に勝ったらお祝いに作ってねだとか、そういう返答をしたような気がします。
しかし結局、彼の料理を口にすることはありませんでした。
「――――――――――それで。その弟さんは?」
「戦争に行ったっきり。骨も帰ってこなかった………」
私の前に座る老婦人は、そう言って静かにお茶を飲んだ。
藤宮瑠璃子さんは、私が講師を務めている手芸教室の生徒さんだ。旦那さんが早くに亡くなってしまい、現在はおひとりで生活している。まだまだ元気とはいえ、家に帰って一人は寂しいだろうし、何より私自身がちょっと不安なのもある。なので二週に一回ほど、こうして彼女をお茶に誘わせていただいている。今日は彼女の昔のお話――――――早くに死んでしまった、弟さんの話を聞いている所だ。
「…………それは、お辛かったでしょう………でも、瑠璃子さんってお姉ちゃんだったんですね。ふふ、なんだか想像できちゃう。教室でも瑠璃子さん、しっかりなさってるというか……面倒見が良いイメージだから」
「そう?ありがとう。なんだか照れちゃう…………あら、あの人が持ってるお料理!もしかして私たちのかしら?」
ウェイターさんが台所から出てくるのが見える。両手にはできたてのお料理が載ったお盆がひとつ。お客さんも多いしどうでしょうねえ、なんて言葉を返すが、私も私でおなかが空いているため「あれが私たちの料理だったらいいなあ」とは思っている。
「………………私、色々後悔はあるけど。あの時弟を、台所に招いてあげたら良かったなあ………って思うのよ。ちょっとだけ………」
どんな料理を作ってくれたのかしらね、それはどんな味だったんだろう――――――そう言った瑠璃子さんの目は遠くを見ていて。どう返していいかわからないまま、ウェイターさんのお待たせしました、という声が響く。
「ハンバーグとカレーライスでございます」
「ま、美味しそう」
「ハンバーグかあ。瑠璃子さん、お肉料理食べるの珍しいですね。今日はそういう気分?」
「そう、なんだか弟の話をしていたらお肉が食べたくなってきちゃった。弟が作ってくれようとしたのがお肉料理だったからかな?なんだかそういう気分になっちゃった」
「ふふ、いいじゃないですか。お肉食べると元気になるって言うし、弟さんも瑠璃子さんに元気になって欲しい~って天国から言ってるのかもしれませんね」
「元気に――――――そうね。そうだといいわね………!」
――――――ウェイターさんいわく。その日使われていた肉はフジミヤというそうで。
瑠璃子さんは、それはそれは美味しそうにそのお肉を食べていた。
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