第4話 ビルド&スクラップ&ビルド

 ……冷静に考えて、なさそうだ。万が一そういった地元の部族の凶行であるなら、一度にやるはず。僕だけ殺さなかったのは警告のため恐怖を植え付けたと解釈できるかもしれないが、それ以前に、ルリとサコンの死んだ時間が、同じ頃合いだとは考えにくい。何故なら、サコンの足跡は見付かったが、ルリの足跡はほぼ消えていたからだ。同じ時間帯に殺害したのであれば、両者の足跡は同じように残っている、あるいは消えているべき。

 他に誰が……と考えたとき、キャンピングカーのことが脳裏をよぎった。

 まさか。

 死んだと思っていた仲間四人は生きていて、助けを求めにここへやって来た? でも外見が火傷などで酷いことになっていたら。そんな姿をいきなり見せられたサコン達は助けを求める相手を襲ってきたものと誤解し、突き放したり攻撃を加えたりするかも……。

 助けを求めるも拒否され、怒りのあまり殺害。この流れだとすれば、殺害時刻にひらきがあっても、まあ納得できなくもない。

 ただ、この仮説にしても、僕が無事でいる理由にはならない。助けを求めて彷徨う内に傷が悪化して、どこかで倒れ、砂に埋もれたのだろうか。それにしてはそのような足跡がまったく見当たらなかった。都合よく、風できれいに消える場合もないとは言い切れないけど。

 とにもかくにも、僕は救助を待つことに決めた。この状況で僕まで死ねば、下手をすると僕が犯人にされてしまう。そんな不名誉な濡れ衣は絶対に嫌だ。

 僕はテントの出入り口まで行き、ヒイロの遺体のそばに立った。彼の身体を少し動かしてから、砂や風が吹き込まぬよう、出入り口のジッパーをしっかり閉じる。

「二人の遺体も中に入れてくべきか。でも殺人事件だとしたら、そのままにしておかねばならないとの見方もできる」

 独り言が出た。この惨劇のせいで、心身ともにくたくただ。何か腹に入れて、動く気力が湧くようなら、二人をテントまで連れて来よう。そう決めて準備に取り掛かる。

 ふと思い出したのは、みんなの水筒。悪いけど使わせてもらうとする。

 最初にヒイロの使っていたエリアを見下ろしたが、すぐには見付からない。よく目をこらし、ヒイロとサコンそれぞれのスペースの中間ぐらいに転がっていた。

 が、その形状はボコボコにへこんでおり、しかも、底に近い側面に小さな穴が一つ空いていた。中身はこぼれ出たのか、残っていない。

 どこかおかしい。周囲が濡れていないし、水筒には一滴も残っていない。拭き取ったようだ。

 続いてサコンの水筒を捜す。そういえば彼の遺体も水筒を身に付けていなかった。身に着けていたのは……ルリだけだ。

 サコンの水筒は彼のスペースですぐに発見できた。ただ、何故か「ヒイロの物」とサコンの字で書かれた紙切れが、その肩掛け紐の金具に通してあった。

 分からない。想像を膨らませるのなら、ヒイロの水筒の水をサコンがこぼしてしまい、そのお詫びに自身の水をやることになった、とか。わざわざメモ書きをする理由が分からないが。

 ヒイロの物と言われると、おいそれと使いづらい心理が生まれていた。僕はいても立ってもいられなくなり、外に出てルリの遺体を目指した。

 彼女の水筒には、何ら特別な変化は起きていなかった。

 やはり分からない。不気味さを覚えた僕は、遺体も水筒もそのままにしてテントへ引き返した。その出入り口の手前一メートル弱の地点で、靴の裏に感触を覚えた。何か細くて固い物を踏んづけたようだ。

 何らかの生物だったら怖いので、探り探り、慎重に砂をかき分けると。

「……釣り竿?」

 僕らが持ってきた釣り竿が出て来た。何故か糸はなくなっていた。


             *           *


 厳しい条件の下、現場検証を行い、遺留物収拾に努めた。

 持ち帰った物証の科学鑑定に加えて、搬送した遺体の検死・解剖により、おおよその状況を描くことができたと一定レベル以上の確信を得たので、ここに報告する。


 まず、ツアー初日に発生した嵐により、キャンピングカーが吹き飛ばされ、八名の乗員中四名が事故死したのは間違いのないところである。死因の厳密な特定には今少しの時間を要するが、彼ら四名の死に事件性はないと判断する。

 続いて、事故を生き延びた四名の内三名が死亡した件に移る。

 解剖の結果、三名の死がツアー最終日に該当する三日目の午前だったことは間違いない。この点、唯一の生存者であるカナタの証言は正しい。

 それでは三名の死は、どのような順番で起きたのか。また、いかにして死んだのか。

 かなり難度の高い命題だが、少なくとも一番最初に死亡したのは、ルリだと言える。正確な時間の絞り込みは難しいが、明け方の四時から六時の間と推測される。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る