第3話 ハプニング、そして事件

 僕は反射的に勘繰ったが、違った。

 ヒイロがルリに渡したのは、鏡だった。サイドミラーなのかルームミラーなのかは分からなかったが、なるほど、女子にはあった方がいいのかもしれないな。こんな環境下でそれを思い付くヒイロに、変に感心した。

 太陽がじりじりと僕らを焦がし始めたので、捜索は切り上げられた。成果は大きくはなかったが、ないよりはましと言ったところかな。それと、遺体につながる物が出て来なかったのは……よしとすべきなんだろう。今、遺体を掘り出せても、場所を移して埋め戻すくらいしかできまい。


 ハプニングはその日の昼過ぎに起きた。

 早めに食べる必要のあるおにぎりを中心とした昼食後、ルリがテントを出た。炎天下に外出するのはトイレと分かり切っているので、誰も声を掛けない。ちなみにだけど、小便から飲料水を取り出す仕組みは、まだ完成していない。

 しばらくすると、外から短い悲鳴のようなものが聞こえた。

 まさか危険生物に出くわしたか?と今さらながらその可能性に思い当たり、僕ら三人はテントを飛び出した。

 ルリはすぐに見付かった。立ち尽くして、下に向けた顔を両手で覆っている。どうやら危険生物と遭遇したのではなさそう。だけど、何かショックなことがあって動けない、そんな風に見えた。

「ルリさん……」

 僕は声を掛ける途中で、気が付いた。彼女の足元近くに、水でできたと思しきしみの円がうっすらとある。

「ルリさん、その水筒は」

 ヒイロが言った。彼の指差す先を辿ると、赤色が特徴的なルリの水筒が地面に落ちていた。注ぎ口の蓋は閉まっているが、外ぶたのキャップは外れている。

 彼女はすぐには答えられる状態ではないみたいで、泣いてさえいた。僕らが落ち着かせて、テントに戻り、ようやく聞き出せたのは。

 用を足したあと、彼女はほんの少し手を洗うつもりでいた。できればその水分で、首筋や腕ぐらいは拭きたい。そんなことを考えながら、水をキャップの半分ぐらい注ごうとしたとき、立ちくらみが起きたという。

 運悪く、注ぎ口の栓は開いていて、水が盛大にこぼれてしまった。立ちくらみが収まって、水筒の蓋を閉めたときには、中身の大部分が失われたと分かり、悲鳴を上げたらしい。

 蚊が鳴くよりも小さな声で「どうしよう、どうしよう」と繰り返す彼女を前に、ヒイロがサコンの脇をつつき、続いて僕の手を引くと、アイコンタクトを求めてきた。

「分かってるよ」

 サコンはしょうがないなとばかりに、嘆息した。

「俺達の残りから、ちょっとずつ分けるしかないだろ」

 ただでさえ少ない水が、さらに減ったのは正直頭が痛い。命に関わる一大事だ。なのに、安堵して少し笑みを覗かせたルリを見ると、まあいいかと思えた。思うことにした。


 午後からはダクトテープを利して、ビニールの一枚布を完成させ、例の装置を作る準備は整った。風のなるべく吹かない方向を見定めて、夕方には設置を終えた。

 夜の食事は、コーンの缶詰を開けてみた。コーン本体よりも、味付けに使われた何らかの液体が入っていて、水分補給の足しになるのではという期待感が強かった。

「……当たり前だが、甘みの中にちょっと塩っ気があるな」

「海水を飲むと余計に喉が渇くと言うぞ。大丈夫か」

「これくらいならいいんじゃないの? 海水と水を一定の割合で混ぜて飲んで、助かった人がいるいって聞いたことある」

 などと言い合いながら、みんなで飲んだ。塩分自体を身体が欲していたせいなのか、特に乾きが強まった感覚はなかった。

 奇跡的に、水はまだ残っている。あと一日ちょっとを乗り切れば……希望が現実感を伴って見えてきた。


 ところが三日目の朝は、大事件で幕を開けた。

 “僕ら”の遭難そのものは終わったのだけれども、でもまだ救助が来た訳ではない。

 僕以外の三人が、死んだのだ。


 どういう順番で死亡したのかは分からない。とりあえず、ルリからその状況について綴ってみる。

 彼女はテントの外、トイレと定めた場所までの途中で倒れ、息絶えていた。首に痣のような手の痕があったから、絞殺されたんだろう。死に顔はまともに見られなかった。

 次にサコンだ。彼もまた外で死んでいたのだが、場所は全く違う。かすかに残る足跡から、テントを出たサコンはふらふらと千鳥足で彷徨い、目測で五十メートルくらい歩いたところで倒れたようだ。口元に細かな泡を吹いたような痕があったから、病気か何らかの毒を体内に入れてしまったか。

 最後にヒイロ。実は見付けた順番は、彼の遺体が一番だった。何せ、テント内で首から大量出血して死んでいたのだから。ただし、場所は彼の使っていた定位置ではなく、テントと外をつなぐ出入り口の付近で、遺体のそばに凶器らしき物は見当たらず。逆にヒイロ愛用の小型ナイフが消えていた。


 恐ろしかった。

 砂漠の真ん中で、一人きりになってしまったのもそうだが、それと同じくらいに、みんなを殺したのは誰なんだ、そいつは僕も襲うつもりなのかという恐怖が、化学反応の発泡現象みたいに急速に膨らんでいく。

 でも、こんな場所に、他に誰かいるのか? 見渡す限り、いっぱいの砂と、あとは岩と植物が申し訳程度にあるだけの世界。何の準備もなしに暮らせるはずがない。砂漠の民がいて、僕らはその禁忌を知らず犯してしまい、彼らの逆鱗に触れてしまったのか?

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