第2話 疑うのは心の鏡
果物が少々あるとは言え、水が足りなくなることは分かり切っていた。
二泊三日のスケジュールを組んだのだから、捜索が開始されるのは四日後。舗装道ではないけど砂漠の中にある定められたルートだ。嵐に遭ったとは言え、さほど外れてはいないはずだから、捜索隊が出さえすれば多分見付けてもらえる。それまで何としてでも保たせないといけない。四日を待たずに、誰かが通り掛かってくれるのが一番理想的だが、生憎と交通量はほぼゼロだと前もって聞かされていた。観察予定だった自然現象が人気の一大イベントだったなら、いくらでも行き交う車はあったろうに、実際は残念ながら僕らのような物好きぐらいしか注目しない。
「ドキュメンタリー番組とか漫画とかで見た覚えがあるんだけど」
僕は、水を確保する手段として、小便を蒸発させて、ビニールに付いた水滴を集める方法ができないかなと提案してみた。
「レディの前で、何て話を」
ヒイロは多数決に負けたというのに、まだ目が覚めていないらしい。普段は凄く優秀な奴だとうらやましいくらいだったのに、非常時だと判断が狂うタイプだったか。
「ああ、それなら俺も何となく知っている。ビニールはテントの一部を引っぺがすか、食べ物の飽き袋を使えば代用が利くかもしれない」
その点、サコンは分かってくれている。どちらかといえば普段は堅苦しい話はいい加減に流し、友達を巻き込む悪戯をしてはまあいいじゃん、楽しければ!って性格なのに。分からないもんだねと、人を見る目を勉強させてもらった心地だ。
「ルリさんは?」
さすがに聞きづらいものはあったけど、言い出した僕が聞くしかないので。
「水が必要なのは分かる。けど、やるのなら個人単位でやってほしいかな。みんなのが混じったのなんて、飲む気にならないと思う」
「そんなことを言ってられなくなるかもしれないんだけどな」
サコンが言うと、またヒイロが食って掛かった。
「サコン、ルリさんを脅すようなことを言うな!」
「ちげーよ。現実ってやつを、早めに知ってもらいたいだけ。今日はもう暗いからいいが、朝になって日が昇れば、どんどん水を飲みたくなるさ」
結局、夜の間は作業がしづらいし、ビニール云々は明日になってからということで眠りに就いた。食事は今日の昼まではきちんと食べた事実を考慮し、抜いてみた。
翌日は朝早くからビニール集めを開始し、分量的には揃ったと思う。でもこれを充分な大きさの一枚にするのが難しそうだった。
「裁縫道具なんかないしな」
サコンが言った。皆、朝食として、小さなチョコレートとあめ玉とクラッカーを一つずつ摂っている。
「無理なんだよ」
ヒイロがぼそりと言った。それ以上言葉が出て来ないのは、早くも参ってきているのかもしれない。
かくいう僕も、夕飯抜きが堪えてきたみたいで、飴玉をなめている間もお腹がずっときゅうきゅう鳴っている。
「陽が低い内に、キャンピングカーの辺りを調べた方がよくないかしら」
少し離れたところにいるルリが意見を出してきた。就寝時に限らず、彼女には広めにスペースを与え、なおかつ僕ら男達のいるスペースとは荷物なんかで境界を作ってある。
「そうだね。砂に埋まったとは言え、使える物が何かあるかもしれない。多少なら掘り返してみるのもありかな。体力消耗するだろうが、短時間なら」
「道具がない」
ヒイロがネガティブなことを言う。昨日のリーダーシップを取ろうとする勢いはどこへ行ったんだ。テントを持ち出してくれた功績には感謝してるんだよ。確かファッションで小さなナイフを身に着けていたはずだけど、あれを使って掘る気概とかないのかな。
てな感じの文句を僕が声に出せずにいると、サコンが判断を下した。
「車から外れた金属板とかあるだろ。とりあえず早い方がいい。行ってみよう」
淡い期待を込めて行われた“捜索”だったが、収穫は中途半端に終わった。
まず、車に近付く過程でペットボトルをいくつか発見するも、大きく破損しており中身も全て流れ出ていた。底の部分より上が適当に残っている物はコップ代わりになるからと、ルリは僕らの人数分以上を拾い集めていた。けど、砂まみれだから、コップとして使うためには布で丁寧に拭かなきゃいけないな。
車のひっくり返っているところまで辿り着くと、思惑通り、プレートがいくつかあった。これをスコップ代わりにして、掘ってみる。幸いと言っていいのか知らないけど、風はない。
砂は掘りやすいところと掘りにくいところが両極端で、思うようには進まなかった。それでも、ガムが出て来たり、ダクトテープが見付かったりした。車両用の芳香剤は、ルリに渡した。あと、焦げた地図や、カメラに顕微鏡も出て来たが、いずれも使い物にならないと確認できた。顕微鏡には毒にもなる試薬が付属していたんだが、見当たらなかった。砂に埋もれたらしい。生態系に影響を及ぼさなければいいのだが。
釣り竿が一本、無傷で見付かった。湖で魚釣りを試すつもりで積んできた物だが、この砂漠の只中で持たされてもしょうがない。
「ルリさん、これ」
背後で声がしたので振り返ると、ヒイロが彼女に何か渡している。まさか飲み物か食べ物を見付けてこっそりいいところを見せようとしている?
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