初任務17

「こっちは片付いた。今そっちに向かってる。どうだ?」


 するとどこかで見ていたのかと問いたくなる程、ベストタイミングでダロンからの通信が入った。


「終わった。もう話は聞けそうにねーがな」


 エバの声の後、少し沈黙が挟まるとリサではなくシェーンが続いた。


「――リサ? そっちはどう?」


 血雨が降り注いだ後のように血溜まりで赤く染まり濡れた床。敵の血を一滴も浴びることなく血に浸かる銃と薬莢、剣に槍。そして死体の数々。

 全てが止まる死の光景の中、まだ息のあった一人のゴブリンは傍に落ちていた剣を手に取ると少しだけ顔を上げ恐怖に染まった双眸で敵を探した。息を潜めて静かに。だがやけに静まり返ったその空間の中では、その呻き交じりの小さな息遣いが隠れる事は叶わない。まるで純白に垂れた一滴の黒のようにその存在は明らか。

 するとそんなゴブリンの後方で少し重い血液を踏む音が聞こえ同時に影が彼を包み込んだ。ゴブリンは更に表情を恐怖で満たしながらゆっくりと上げていた顔を戻していく。そして寝そべるように後ろに立つその人物を目にした。

 ゴブリンの瞠った双眸にハッキリと映し出されたのは、返り血で塗れた無表情のリサの姿。同時に彼女の刃先を真下に向け構えた刀。ゴブリンは自分が剣を持っているという事も忘れたんだろう、ただ恐怖に叫声を上げた。自らへと振り下ろされた刀から目を離せず意識を失うまで。

 だが振り下ろされた刀はゴブリンの顔ではなく真横に突き刺さった。そしてそれを抜いたリサは辺りを一見。もう敵が残っていないことを確認した。


「終わった」


 ベック・タガールを倒し終えその前に立っていたエバは血振りをすると刀身を蒼空へ向けて立て、オレンジ色に染まりつつある陽光と共に視線を向けた。


「悪くねーな」


 するとそんな彼女へ鞘が差し出された。それはあの時、放り投げた刀の鞘でその鞘を差し出していたのはリサ。最上階の敵を片付け終えエレベーターで降りてきた彼女は落ちていた鞘を拾い上げエバの隣に並んだ。同時に鞘を。


「さんきゅー。投げたの忘れてた」


 だがお礼を言い受け取ろうとしたエバの手から逃げるように鞘は離れた。リサのその行動にエバは視線を鞘から彼女の顔へ。


「投げた?」

「ちょっと邪魔だったからな」


 そう言って逃げた鞘を追い手を伸ばす。だが鞘はまたしても彼女から遠ざかった。


「んだよ?」


 何か言いそうで何も言わないリサの横目気味になった視線と目を合わせたまま仕方のない無言に包まれるエバ。少しの間、時が止まったかのようにその状態は続いたが、それはリサが鞘でエバの頭をコツンと叩き彼女のそのままだった手にそれを返したことで再び動き出した。


「だから何だよ?」

「また派手にやったな」


 そう言いながらエバの横へ並んだダロンはサングラスを外しながらベック・タガールを見上げた。そしてサングラスを手に持ったまま目の前の変わり果てたベック・タガールを指差す。


「ベック・タガールか?」

「そうだよ。つーか。何が常識外れの筋肉増強だよ。巨大化じゃねーか」

「確かにな。だがその原因ももう存在しない。お前らのおかげでな」


 ダロンはエバとリサの肩を称賛を込め叩くと踵を返し部下の元へ歩き出した。


「あとはこっちでやっとくもう戻っていいぞ。ご苦労さん」


 振り向きその後姿を見ながらエバは刀を鞘に納めた。

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