初任務18
ガチャリ――音を立てて開いたドアを通りリサと黒いアタッシュケースを片手に持ったエバは閑散とした零課へと戻ってきた。そんな二人を出迎えたのはタブレットを片手に持ったシェーン。彼女以外は誰もおらず人のいないデスクが廃墟のように並んでいた。
「お帰り二人共」
シェーンは先に歩いていたリサの元まで行くと申し訳ないと言う表情を浮かべた。
「エレベーター、もっと早く気が付けなくてごめんなさい。言い訳をすると他の人たちのところでちょっと手間取ちゃって」
「気にしなくていいわ。それより色々助かった。ありがとう」
少しだが口角を上げ微笑みながらお礼を返したリサはそのままシェーンの横を通り過ぎ自分のデスクへと向かった。
リサと言葉を交わしたシェーンは次にエバの元へ。
「初めての仕事はどうだった?」
「下水道にダストシュート。走り回って十階分の階段を駆け上がって……。変に堅い事するよりは性に合ってる。悪くねーな」
「それは良かった」
そうシェーンが笑みを浮かべているとドアの開く音が二人の視線を引き寄せる。ドアから姿を現したのは四阿。彼は閉まりゆくドアを背に真っすぐエバとシェーンの元へ足を進めた。
「ダロン警部から話は聞きました。お疲れ様です」
労いの言葉と共に揺らす様に軽く頭を下げる四阿。
「捕まえらえなかったけどな」
「ダロン警部の話によるとリロリツェファミリー幹部であるベック・タガールの心臓は破裂していたそうです。恐らく薬による負荷が原因だろうと。ですのでエバさんが無事確保に成功したとしても結果は変わらなかったと思いますよ」
「それに今回の件でリロリツェファミリーはかなりの痛手を負ったから消滅か他組織に取り込まれる、そうじゃなくても立て直しには相当な時間が掛かるはず」
「これもお二人、そしてダロン警部と捜査官の方々が頑張ってくれたおかげですね。とりあえず初めての事件お疲れさまでした。それとこれからもこの調子でよろしくお願いいたします」
四阿は最初と同じようにニコやかな微笑みと共に頭を下げた。
「やれることはな」
「その頑張りのおかげでこのMaGの評価も徐々にですが良くなってきています。私としても嬉しい限りですね」
「MaG?」
初めて聞くその単語にエバは小首を傾げた。
「ここって零課だろ?」
「えぇ。ですがFSA第六保安局刑事部零課というのは書面上の名称でMaGというのは私が名付けました」
「つまり勝手に呼んでるだっけことか」
「言ってしまえばその通りですね」
「そういやバッジとかそういうのまだ貰ってねーんだけど?」
その言葉に四阿とシェーンは一度顔を見合わせた。
「どうやら送った資料は読んでないようですね。いいでしょう。――簡潔に言いますとFSA第六保安局刑事部零課というのはまだ正式なFSAではありません」
「は? でもそう言ってるだろ」
意味が分からない、エバは表情でもそう語っていた。
「えぇ。ですがここはFSAに所属する私、四阿哲志が個人的に編成したチームであり、その個人的なチームがFSAと協力するという契約を結んだ際に与えられた呼称が零課なんです。なので零課とはありますがその立ち位置は組織とは少しずれた所にあります。FSAではありませんがFSAに限りなく近い特殊な位置ですね」
「要は良いように利用しながらいつでも切り捨てられる捨て駒ってことだな」
さっきの表情は消え、納得の二文字がエバの代わりに頷く。
「随分と直球ですね。ですがそれを否定は出来ません。このチームにより発生した責任は全て私にありFSAは低リスクでこのチームの恩恵を貰えるという訳です」
「でも仕方ないと言えばそうですよね」
苦笑いを浮かべるシェーンはどこか当然だと言いたげだった。
「そうですね。ですが今はこうやって順調に事が進んでいるのでこのチームの価値を証明し、いずれは正式にFSAの一部となれるかもしれませんね」
「そうなったら何か良い事でもあんのか?」
「そうですね。今よりも動きやすくなりますし支援も増えます。あとはバッジも持てますよ。それに私も出世できます」
四阿は笑みを浮かべそう言うと足を進め始めリサの元へと向かった。自分の席で刀の手入れをする彼女の元へ。
「なるほど」
その後姿を追いながら一言呟くとその延長で刀の手入れを続けながら四阿と言葉を交わすリサを眺めていた。
「リサは刀の手入れは欠かさないのよ。彼女は刀をわが子のように大事にしてるの」
そんなエバへ横から補足のように説明をするシェーン。
「そのお子さんを今日、下水の水に突っ込んでたけどな」
「ちゃんと仕事はこなすってことよ。そういえばまだあなたの席を教えてなかったわね。こっちよ」
そうシェーンに案内されたデスクは他のデスク同様に四つグループうちのひとつ。そしてその隣に座っていたのは当然ながらリサ。
こうして初出勤にして初事件を終えたエバはそれ以上何かをすることもなくその日を終え、家へと帰宅した。
一日の汗をシャワーで流したエバは体を拭きながらふと鏡へ目をやった。蒸気ですっかり曇った鏡は何も映していない。その鏡を少し眺めると、エバは正面に立ち手でその曇りを拭った。扇を描くように晴れた場所は既に曇り始めているが、そこにはこちらを覗く一糸纏わぬまだ濡れたままの自分の姿。そんな自分と目が合うとエバは少し眉を顰めた。
そしてゆっくりと頬に手を伸ばすと、触れた指を線を描くように下へ。水滴を巻き込みながら指はそのまま顔から離れていった。それを合図にするかのように鏡は自分の姿が見えなくなるほど曇ってしまった。
そして体を拭いたエバは服を着て、まだ明りの点いてない部屋の中一つの棚前へ。そこに置かれていた小さな箱を開け取り出したのは、クリスタル型の頭が付いたネックレス。それを掌に乗せ少しの間見下ろした彼女は、先程より強く眉間に皺を寄せそれに連動するように力強く握り締めた。
ゆっくりと顔を上げ、壁を睨み付けるように見つめる双眸。だが彼女が見ていたのは過去――エバの脳裏ではそのネックレスを貰った時の映像が流れていた。
「クソっ!」
だがすぐに切断するように目を閉じたエバは小さいが力強く呟くと溜息を零した。そしてネックレスを元に戻すとベッドへと歩みを進めそのまま倒れるように寝転がった。
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