初任務15
肥大と萎縮を繰り返し不気味な動きをしながらその大きさを段々と増大させていくベック・タガールの筋肉。その肥大化は止まることを知らず二倍三倍となるにつれ彼の体も見る見るうちに巨大化していった。
そしてついには体がビル二階分相当にまでなるとベック・タガールは空へ向け怪獣のような雄叫びを上げた。筋肉の塊。それはそう呼んでも差し支えないそんな姿だった。
「常識外れに筋肉が増強されるってレベルじゃねーだろ。増強っつーか巨大化だろ。これ」
もはやベック・タガールと呼んでいいのか悩ましいその存在を見上げながら呆気に取られた表情を浮かべるエバ。
するとベック・タガールはその何倍にも肥大した腕を大きく振り上げるとエバ目掛け力の限り振り下ろした。当然ながらエバはそれを認識出来ていた上に身を守ろうと防御の姿勢も取っていた。だがその一撃がエバの想像を超える威力だったという事は、彼女の体が建物内まで消えたかと思わせる速度で突っ込んだところみれば言うまでもない。
エバが殴り飛ばされた直後、酷い激突音が微かに建物を揺らすと粉塵が濃霧のように辺りへ充満した。その所為で安否すら確認できない状況。
そんな中、ベック・タガールは傍にあった車の窓を割りながら掴むとボールとでも言うようにエバの方へ投げ飛ばした。数秒後、辺りに広がったのは悲惨な交通事故を思わせる轟音。更に量を増す粉塵は建物が吐き出しているように入口から外へと溢れ出した。
そして勝利の雄叫びかベック・タガールは再び空へ声を上げる。
「――うっせーな。図体だけじゃなくて声までデカくなりやがって。うるささも倍増じゃねーか」
その声の後、粉塵の中から姿を現したエバは血液混じりの唾を吐き捨てた。エバは右手で刀身を外気に晒した刀を肩に担ぎ左手で鞘を握り、服と顔は粉塵の所為だろう薄汚れている。
あの時コンクリートを凹ませヒビを入れる程の力で背中から突撃したエバはそのまま地面にずり落ちるとその痛みに顔を顰めていた。だがそうしている余裕もないと警告するように車を掴む音が建物内に響き渡る。痛みに耐えながらエバは口紐を解き刀を刀袋から取り出した。
その後、シナリオ通り正面から彼女を車が襲う。そして痛む暇もなく立ち上がったエバは刀を抜きながらその車を一刀。彼女を割けるようにして車は左右へ飛んで行った。
それから再びベック・タガールの前へと姿を現したのだ。
「……俺さまが……ボスだ。お前……じゃない」
「めんどうなことになってきやがった」
興奮の蒸気を噴出する汽笛のような雄叫びがエバの言葉の後半を甘噛みしながら耳を劈くと透かさずベック・タガールの右拳が振り下ろされた。その正面からの攻撃を跳んで躱したエバはそのまま腕に着地。だがそんな彼女へもう片方の手が薙ぎ払おうと襲い掛かる。エバは再度それを跳んで躱したが今度の方角は本体。刀を構えそのまま斬りかかろうとしたが思っていたより飛距離が足りず、二度振り下ろされた刃先は胸に罰点傷を描いた。
「チッ。浅いな。いや、肉に邪魔されたか?」
エバはそう呟きながら特に痛がる様子の無いベック・タガールの足元へと着地した。そもそも痛覚が残っているのかすら疑問だが。
そんなベック・タガールの足が大きく上がると着地した彼女を踏み潰そうと隕石のように振り下ろされる。その攻撃に対してエバの中に防御の選択肢はなく大きく退き避けるが、着地後に起きた小さな地震が彼女に片膝を着かせた。
直後、ベック・タガールのあの鉤爪のように先鋭な爪先が彼女を八つ裂きにしようと企む。横目でその接近を確認してはいたものの揺れの所為で僅かに行動は遅れた。だが躱すという選択肢に変更はなくエバは更に大きく退いた。地面から離れた両足は先行する上半身を追うように後方へ。間一髪、彼女の残像を切り裂いた爪先はそのまま通り過ぎていった。
そして何とか無傷のまま再度着地したエバは屈んだ姿勢のまま視界端で捉えたすぐ横にある建物の壁へ目を向けた。そこにはつい先ほどの爪先が残した抉るような深い爪跡が。もし無防備に受けていれば一溜まりもなかったであろう事を物語っていた。
「悪くねーな」
普通の人からすればそれだけでも恐ろしい光景のはずだが、エバはニヤリとした笑みを浮かべていた。
そしてその笑みのまま彼女はゆっくりと立ち上がると左手に持っていた鞘を後ろへ投げ捨てた。空中に綺麗な放物線を描く鞘。
「んじゃ。続きといくか」
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