初任務14

「銃は扱ったことがなくてな。つい引いちまうかもしれねーな」

「俺さまを殺していいのか?」

「実は今日が初日なんだよ。だから戦闘中にしょうがなくやっちまったって言えば大丈夫かもな」

「イカれてんのか? だがイカれてるやつは大歓迎だ。よーし! 俺さまの部下になれ。そしたら今の倍は金もやる。それにすぐに右腕だ。俺さまはいずれファミリーのぼ――」


 ベック・タガールの声を遮り辺りには銃声が響き渡った。驚きを隠せず目を瞠るエバ。銃声の余韻が空へ消えていく最中、エバは引き寄せられるように地面へと倒れながら硝煙を吐く銃口と蒼穹の景色をただ瞳に映してた。まるで全てがスローモーションになったようにゆっくりと進んでいるように感じていたが、足首を掴まれる感覚を感じ始めるとそこからはすぐに世界の速度に引き戻された。

 そしてあっという間に地面に倒れたエバと鉤爪のように先鋭な爪を五本揃えた手を振り上げるベック・タガール。


「イカれてるやつは好きだがバカはいらねぇ!」


 ベック・タガールは覆い被さるようにその爪をエバに振り下ろした。若干の遅れはあったもののエバは刀を顔の前へ滑り込ませその一撃を防ぐ。

 だがすぐさまもう片方の手が振り下ろされ、その次は再び最初の手。次から次へと爪は刃の雨のように襲い掛かった。その連撃により血の代わりに刀袋の布が宙を舞う。

 そしてその隙間からが顔を覗かせ始めたのは石目塗りの黒い鞘。


「隙だらけだぜ!」


 すっかり有頂天な様子のベック・タガールは片手を使い刀を押さえつけ、大きく振りかぶったもう片方の手をエバの腹部へ槍の如く突き出す。

 しかしそれが彼女の温かな血液に浸る事はなく、それより先に潜り込んだ足が彼の腹を蹴り飛ばした。臓器を直接蹴るような衝撃を与えたひと蹴り。自分の上からベック・タガールをどかすことに成功したエバは身軽に立ち上がるとまだ握っていた銃を放り捨てた。


「もう諦めろよな。めんどくせー」

「リロリツェファミリーの幹部になるのはそう簡単じゃない。それを成し得たこの俺さまがお前如きにやられるはずがないだろう」

「知らねーよ。頑張ったんだな。ごくろーさん」

「リロリツェファミリーに手を出したことを後悔すんだな。ここであの女もお前も死ぬんだよ!」


 両手の爪が武器と化した手を構え威勢よく突っ込むベック・タガールだったがその結果はエバの圧勝だった。攻撃すれば躱し防がれ、防御しようとすれど顔や体に激痛が走る。かませ犬にすらならない見方によっては弱い者いじめのように見えてしまうようなそんな戦闘。

 そして切り傷や打撲であっという間にボロボロになったベック・タガールの体は宙を飛び車体へ激突した。その衝撃で吐血し立つことすらままならないのかそのまま地面へ倒れていく。


「もういいだろ」

「――俺さまは……ボスになる……男だ」


 依然と諦める様子の無いベック・タガールはそう呟きながら傍に落ちていたアタッシュケースへと手を伸ばした。そして素早い手つきで暗証番号を入力していく。


「んだよ。早くできんじゃねーか」


 その言葉が言い終わる頃には長い暗証番号は入力されアタッシュケースは口を開けた。中には当然、注射器が入っておりベック・タガールはそれを手に取った。

 そして寝返りを打ち仰向けになると注射針を自らの首へ。押し子に当てた指に力を入れると中の液体が彼の体内へ注入されていき、シリンジはあっという間に空になった。

 しかしベック・タガールには何の変化もない。と思われたがその時――彼は突然呻き声を上げのたうち回り始めた。少ししてそれが止んだかと思うとベック・タガールはふらつきながらも時間をかけて立ち上がっていく。両の脚が上を向くと猫背で俯きながら口で深いが激しく呼吸し、それに合わせ大きく上下する肩。

 そして次の瞬間、エバの目の前でその姿は変貌を遂げ始める。


「んだよ。これ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る