初任務11

 その経緯を聞いたベック・タガールは声を上げて笑い出した。


「こいつはとんだマヌケをしちまったようだ。だがなぜ止めなかった? そうすればわざわざ上る必要もなかっただろ」

「あんたは獣人のヒュエナ。ドアをこじ開けるなり天井に上がるなり自力で脱出できる可能性がある」

「賢いな」

「もう終わりよ。そのアタッシュケースを渡して大人しくしとくことね」

「チッ。こいつがあればボスの座に近づけたのによ」


 ベック・タガールはそう呟きながら名残惜しそうに見つめたアタッシュケースを差し出した。


「ちゃんと中を確認しろよ。中身をどこかへ隠した可能性もある」


 そのダロンからの指示を聞きながらリサは刀を向けたまま受け取ろうと手を伸ばすが、触れる前にアタッシュケースは弧を描き中央付近へ放り投げられた。


「おっと。手が滑っちまった。わりぃな」


 相変わらず浮かんでいたのは相手に苛立ちを与えるニヤけ顔。


「驚くべき性格の良さだな」


 エバはそう言うとアタッシュケースを取りに動き出した。


「そう褒めるなって」


 すると言葉を口にしながらベック・タガールは上げていた両手の片方をゆっくり下げ始めた。その行動にリサは刃先を少し喉元へ寄せる。


「一本ぐらいいいだろ? ほら」


 そう言いながらこれ見よがしに銃から弾倉を地面へ落とし、薬室から銃弾を追い出した。最後はその銃本体からも手を離し二人の間に地面へ落ちる音が響き渡る。


「これで俺さまは無防備だ。だから心配するこたーねぇ」


 だが彼が再度ポケットへ手を伸ばし始めるとリサはまた刃先で喉元を軽く押した。次は少し血が流れる程度に。


「わーったよ」

「おい。ロックが掛かってるぞ」

「当然だろ。貴重な代物だ。解除してほしかったら持って来い」

「投げたのお前だろ」


 エバは苛立ちが顔を覗かせる声で呟くとアタッシュケースを手にベック・タガールの元へ戻った。


「さっさと開けろ」


 先程の苛立ちがまだ余熱を残しながらもエバはアタッシュケースを押し付けるように渡した。それを受け取るとベック・タガールはアタッシュケースについた液晶画面へ入力を始める。


「まずは俺さまの名前だ」


 手慣れた速度で入力を終えた。


「そして次はちと長いが個別に与えられた暗証番号」


 だが暗証番号になるとスローモーションにでもなったかのように入力が遅くなる。


「さっさとやれよ」


 堪らずエバは言葉を投げつけた。


「入力速度も正確じゃないといけないんだよ。集中させろ」


 直後、アタッシュケースから明らかにエラーを知らせる音が鳴った。


「あぁー! ほら、言わんこっちゃない。お前の所為だ。さっさと開けて欲しかったら黙ってろ」


 エバを指差したベック・タガールは再び液晶に視線を落とした。だがまたもや暗証番号を入力している途中でエラー音が鳴る。


「おっと。わりぃな。だがこいつのせいで集中できねーんだ。お前に分かるか? 喉元に鋭利な刃物が触れてる状況が?」

「――少し前に行って」


 その指示にベック・タガールは数歩前へ進みリサは彼とエレベーターの間に立った。刀は下ろしていたがいつでもその用意は出来ている状態。

 そして三度目の暗証番号入力。最初に言っていた通りその番号は長く少しの間、入力の機械音だけがその場には流れていた。しかし今度はそれが途中で途切れる事はなく、エラーの代わりにロック解除音が穏やかに響く。


「開いたぞ」


 ベック・タガールは後ろを振り返りリサへ向けアタッシュケースを開いて見せた。中にはブロッククッションに填まった液体の入りの注射器が一本。

 しかしリサがその注射器へ手を伸ばすとアタッシュケースは拒むように閉じられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る