初任務10

「おい! 道の向こう」


 そう声を上げながらエバの指差した方向には、クリニックと道路を挟んだ向かいにある建設現場へフェンスをよじ登り入っていくスーツの獣人の姿が。その片手にはアタッシュケースを握っている。

 リサはスマホを取り出すとハイエナ頭をし耳と口にピアスを付けたガラの悪い男の写真と今見たと男とを見比べた。


「遠目からだけど多分」

「だけど逃げずにあんな場所で何してんだ?」

「どうやらリロリツェファミリーは奴をどうやってでも助け出すらしい。いや、あのヤクか? まぁいい。こっちは待ち伏せしてたリロリツェファミリーと銃撃戦だ。そっちには行けん」


 そのタイミングで二人の耳に届いたダロンの声にはやり合う銃声に交じっていた。


「リサ。ヘリが一機そっちに向かってる。もう着くわ」

「どーやらそれで逃げるつもりらしいな。急がねーと」


 エバとリサは同時に走り出すとクラクションとブレーキ音で荒れる道路を突っ切り、建設現場へと向かった。フェンスで閉鎖されていたがベック・タガール同様にそれを乗り越え中へ。エバはまだ壁も出来ていない十階建ての建物を見上げた。


「エレベーターはあるよな?」

「今まさに使おうとしてる」


 リサの言葉に正面を向いたエバの視線先で開き始めるエレベーターのドアとそれを待つベック・タガール。その姿に二人の足は自然と走り出す。だが既にドアの開いているエレベーターへ乗り込んだベック・タガールは振り返るとすぐに二人の姿に気が付いた。そして嘲笑するような笑みを浮かべると後ろに手を回して銃を抜き、引き金を引いた。ドアが閉じるまで何度も。

 一方、銃を目にした二人はすぐさま傍にあった物陰に身を隠した。一定のリズムで飛んでくる銃弾が金属に命中する音が危険を知らせるように鳴り響く。

 そしてその音が止むと、まずは慎重に顔を出してエレベーターが閉じたのを確認し足を進めた。


「行っちまった」


 二つ並んだエレベーターの内一つは最上階へと上り始め、もう一つは何故か七階で止まっていた。


「こっち」


 エバがリサの声に顔を向けると既に彼女は走り出しておりその姿は隣にあった階段へと入っていった。


「んー、昔を思い出すね」


 その後を追いエバも階段を駆け上がり始める。

 二階三階と順序良く光る液晶インジケータ。それは窓のない目隠し状態のエレベーター内で唯一ちゃんと上っている事を教えてくれる外との繋がり。だがそんなものを必要としなくても二人はまさに自分の足がそれを教えてくれていた。減速することなく軽やかに五階六階と表示の前を通り過ぎていくエバとリサ。その間にエレベーターは八階九階へ。

 そして到着の音を鳴らしたエレベーターのドアがゆっくり開くといくつかの建築材料の山の中でヘリがローターを回しいつでも離陸可能な状態で待機していた。距離は数メートル。エレベーターを降りてすぐだ。ベック・タガールはその光景に勝ち誇った笑みを浮かべるとエレベーターから外へ。


「おいおい」


 だがエレベーターを降りた瞬間、ヘリは飛び去り喉元には刃先の冷酷な冷たさが触れる。エレベーターを挟んだ左右ではリサとエバが彼を待ち構えていたのだ。


「どーゆう事だ?」


 しかし両手を上げ(刀の伸びる方)リサへ横目を向けたベック・タガールはまだ余裕を含んだ表情を浮かべていた。


「何でお前らが先にいる? 空でも飛んできたのか?」

「空は飛べねーが階段なら駆け上がったぜ。そりゃもう全力でな」

「こっちはエレベーターだぞ? しかも先に出発してる。それを追い越すなんて二歩で一階分でも上がってきたか?」

「もしくはそっちが遅かったとかね」




 階段を上り始めたエバとリサの耳に更に状況を悪化させる情報が届いた。


「二人共、ヘリがもう到着するわ」

「こっちはまだ一階だぞ。間に合う訳がねー」

「大丈夫。今、その建設現場のネットワークに入り込んだ。これからエレベーターを止めるわ」

「――いえ、到着させていい」

「は? 何言ってんだ?」

「シェーン。速度を落とす事は?」

「出来る」

「気付かれないように」

「やってみるけど、そこまで時間は稼げないかも」

「大丈夫」


 そしてシェーンはエレベーターの速度を徐々に落とすと、内部の監視カメラ映像を見ながら液晶インジケータの階数表示を調節し始めた。視線をアタッシュケースや銃、スマホに落としている間はなるべく表示を変えず見ている時に変えたり。視線を誘導するためにスマホに興味を引きそうなメッセージを送ったり。

 その間にどんどん上へ上がって行った二人は先に最上階へ到着するとエレベーター前で待機していた護衛を無力化し、ヘリに乗せるとパイロットに立ち去るよう指示した。もちろん抵抗すればもう二度とヘリから降りることは無くなると教えながら。

 そして不審に思われない程度に階数を変えていたエレベーターは、何とか最後は十階への到着と表示を一致させドアを開いた。

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