初任務9

 反射的に二人の手は刀へと伸びるが、それが白い口髭を生やした老年者だと分かるとすぐに警戒を解いた。


「FSAです。スミスさん?」

「――あぁ。そう、そうだ」


 細かく頷くスミスは乱れた浅い呼吸で酷く動揺していた。


「ここにこの男が来なかったですか?」


 リサは彼にスマホに送られていたベック・タガールの写真を見せた。


「じゅ、銃を持ってたんだ。私も妻も従うしか……」

「男はどこに?」


 多少なりとも落ち着きを取り戻したのか、彼の呼吸は深くなり始める。


「その物置から険相な顔で入ってきてまず私に銃を向けた。乱暴な男だった。その後に妻に銃を向けたんだ。そして傷を治療しろと。怒鳴りながら言ったんだ。酷く慌ててた。怪しかったが銃を持ってたんだ。私も妻も恐ろしくて。だから診察室に連れて行って治療をした。それが済むと正面から出ていったよ」

「奥さんは?」

「妻か?」


 言葉と共に急に顔を俯かせた彼の行動に二人の脳裏に嫌な憶測が過る。


「妻は今、休んでる。銃を持ってた男が侵入してきて銃を向けられたんだ。怖くない訳がない」


 しかしそれが単なる憶測の域を超えることは無く、すぐに二人の頭からも消え去った。

 一方、思い出した所為で落ち着きがなくなったのかスミスはそわそわと細かく足を動かし喉を摩り始めた。


「それより早くあの男を捕まえてくれ!」

「はい」


 そして先に走り出したリサを追いエバも正面出入口へ。だがドアを開く前にリサはスミスの方を振り返った。


「もう一つ。男はどっちへ?」

「右だ。――あぁいや。左だ。左」

「どうも」


 それからドアを開きリサとエバは疎らな通行人を避けながらベック・タガールを追った。


「ダロン警部」

「あぁ。今向かってる」

「もっと早くあそこを出たらもっと早く追いつけたんじゃねーか?」

「そうね。でも……」

「でもなんだよ?」

「何となく違和感を感じた」

「違和感ねぇ」


 エバはスミスの事を思い出してみたがリサの言う違和感というのは全くと言っていい程に感じなかった。

 それからもクリニックを出発し辺りに注意を向けながら走り続けた二人だったが、ベック・タガールの姿はおろかその痕跡さえも見つけられないままただ景色だけが変わってく。

 そしてこれ以上は意味がないかもしれないという気持ちと赤信号が重なり合い二人の足は横断歩道で止まった。


「もう完全に見失っちまったんじゃないか?」

「ダロン警部。そっちは?」

「収穫なしだ」

「こっちも周辺の監視カメラを確認してみたけど何も」

「どーすんだ?」


 エバの質問に答える事なく組んだ腕の片手を顎ではなく唇に触れさせながらリサは真剣な眼差しで思考を巡らせていた。

 するとハッとした表情を浮かべたかと思うとスマホを取り出し誰かに電話をし始める。それをエバは黙って眺めていた。


「テディ。あんたとこの前昼ご飯を食べた時、あたしに言ってた事もう一回言って。――違う。あんたの得意分野の事よ」


 リサはそれから相手の言葉に耳を傾け少しの間黙っていたが、聞きたい事が聞けたのか何も言わぬまま電話を切った。


「さっきの場所に戻るわよ」


 そう言って来た道を戻り始めるリサ。


「は? ちょっ……」


 エバはそんな彼女の後を戸惑いながらもとりあえず追った。


「なんで戻んだよ?」

「もしかしたらあの人、嘘を付いてる可能性がある」

「嘘? 何で分かんだよ?」

「テディとは会った?」

「いや」


 FSAでシェーンに紹介されてない名前にエバは首を振る。


「ギャンブル中毒の彼は勝つために独学で心理学を学んだ。腕は確かよ。そして以前、嘘を付いてるかもしれないサインの話をしてて、それがっさきの違和感だった」

「そのサインってのは?」

「特定の言葉やフレーズを繰り返したり急に頭の向きを変えたり喉や胸など体の弱い部分に触れるとか」

「ならあの時あいつは建物の中にいたってことか」

「まだ可能性の話よ。それに二人して恐怖を味わったのなら少しでも安心感を得るために一緒にいるはず」

「俺たちの足音が聞こえて確認しに来たとか」

「武器も持たずに? とにかく今は急ぎましょう。本当に逃げてたとしてもどの道もう既に見失ってた。――それにしてもテディの話が役に立つなんて初めてね」


 そして二人はここまで来た道を一気に戻りクリニックへと戻った。

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