初任務8

 それからも暫く暗い下水道をライト一本で進んで行く二人は、他に人影を見る事も遭遇する事もないまま追っていた血痕の終わりを迎えた。念の為、先を照らしてみるが血は一滴も見えない。

 そして最後の血痕の傍には梯子が掛かっていた。


「血はここで途切れてる」

「位置は追えてる。その上は――空地に出るわね」

「近くの建物は?」

「少し歩いたところに駐車場あとは――リロリツェファミリーが経営してるバーがあるわ」

「そこだ! よし! すぐに向かう。お前らは店の前で待機だ」


 ダロンの指示を聞いたエバは梯子を上ろうと片足を一段目に乗せた。

 だが後そんな彼女の方ではまだリサのライトが先を照らしていた。それに気が付いたエバは振り向き視線を彼女へ。

 リサは丁度、まだ続く下水道から傍を流れる水へライトを向けていた。


「何してんだ?」


 エバの声が届いてないはずはないがリサは反応せず、水から再び先をそして最後に足元の一番多く残った血痕を彼女の視線を可視化したライトが照らした。


「照らしてて」


 数秒だが血痕を見つめた彼女はライトをエバに放る。訳が分からないままそれを受け取ると言われるがまま彼女を照らす。

 するとライトに照らされ両手が自由になったリサは刀を抜いた。


「だから何してんだ?」

「ここだけ血痕が多く垂れてる」


 二度目の問いかけにリサは鋒を足元の血痕へ向けながら答えた。

 だがエバにとってそれは返答として十分ではなく眉間には皺が寄る。


「この梯子で上に行ったんならここで立ち止まったんだからそりゃそうだろ」

「それなら梯子のとこにも血は残るはず」


 その言葉にエバは足元へ視線を落とすが、リサの言う通りそこに血は一滴も残ってなかった。


「でもこの梯子じゃないならどこだよ? この先にも続いてない訳だし」


 リサはその答えを言葉ではなく行動で返した。彼女は手に持っていた刀を垂直すると、綺麗とは言い難いその水へ突き刺し始めた。


「うげぇ。よくやるぜ」


 同じ刀を扱う者だからかエバはその行動に顔を顰めた。そんな視線を向けられながらも潜っていく刀は意外にもすぐ底へ辿り着いた。


「そんなに深くない」


 刀を使い深さを確認したリサはすぐに水から抜くとポケットからハンカチを取り出し濡れた刀身を拭った。


「お前からは絶対借りない」

「どうしたの?」

「梯子は使ってないかもしれない」


 シェーンの声に答えながらリサは刀を鞘に納めた。


「どういう事だ?」

「わざとここまで血痕を残し、ここからは水の中を通って行った可能性もあるわ」

「それで痕跡を消した訳か。よし、ならこっちはそのバーとやらに行く。そっちは先へ進んでみてくれ」

「行くわよ」


 言葉と共に手招きをしたリサにライトを投げて返したエバはすぐに彼女と先を急いだ。幸いにも進む道は分岐の無い一本道。迷わず進めた。


「リサの言う通りこっちは外れだった。隈無く探したが奴はいなかったよ」


 まだ新たな血痕が見つからず下水道を進んでいる途中の二人へダロンの溜息交じりの報告が入る。


「こっちもまだ」

「とりあえず周辺を探してみる。何かあったら連絡をくれ」

「分かった」


 そこから二人は更に進み、ダロンとFSAは範囲を広げつつ周辺の捜索を続けていた。だが痕跡すら見つからずただ時間だけが過ぎ、焦りだけが積もっていく。

 その最中――。


「おい、あれ」


 まるで主役が再登場する際のスポットライトのようにライトに照らされた血痕が二人の先には数滴残されていた。そしてその傍には梯子があり梯子の下にもいくつもの血痕が。


「あった。多分ここね」

「その周辺の建物を調べてみる」


 シェーンが調べている間に二人は梯子を上り開きっぱなしのマンホールから久しぶりとも思える地上へ出た。そこは車は一台ぐらい通れる道幅の路地。


「どう?」

「えーっと。――特に怪しい建物は無いわ」


 その言葉を聞きながら二人は血の道標を視線で辿り、一軒の建物を見つめていた。裏口だからか、それが何の建物かは分からない。とは言え、危険は無さそうなその建物へ行かないという選択肢は当然なく、二人はほぼ同時に歩みを進め始めた。

 するとその時。


「よー。ちょーっとそこのねーちゃん達よ」


 聞くだけでニヤけ面が想像できる声に足を止めた二人へ近づいてきたのは三人組の男。その内の二人は通せん坊でもするようにリサの前へ。


「なになに? 仕事終わり? それとも最中?」

「まぁどっでもいいけど、ちょっと遊ばい?」


 それは空気の読めないチンピラだった。

 それが分かるとリサは答えすら惜しむように無言のまま歩き出し二人の間を通り抜けようとした。


「おいおい!」


 だがそんな彼女の腕を一人が掴む。足が止まると同時にリサは視線をその男へと向けた。依然と無表情のままだったが、角度が少し鋭さを帯びさせる。


「無視されちゃうと俺だって傷ついちまうぜ?」

「おい。これ見ろよ」


 もう一人の男は声を上げながらリサの手にある刀を指差していた。


「護身用ならちゃーんと使えるもんの方がいいんじゃないか?」


 すると男はポケットからナイフを一本出して見せた。脅しか刃を出しては振るように見せる。


「急いでるの。三秒以内に離すなら見逃すわ」


 その表情同様に変化のない声は淡々と警告した。

 だがリサの言葉にエバの近くにいた者も含め男達は笑い声を上げる。


「おぉーこ――」


 それはリサが警告を言い終えてから丁度三秒。依然と腕を掴んだままだった男は鞘付きの刀で殴られた。


「このヤロっ!」


 一瞬、吃驚に動きを止めていたもう一人の男だったがすぐにリサへと手を伸ばす。――がその指先は彼女より先に地面へと触れる事となった。

 それは余りにもあっという間の出来事。残された最後の一人は少し唖然としていたが、我に返ると慌てながら近くのエバへと手を伸ばした。首に回った腕は彼女の身動きを封じ、もう片方の手にはナイフ。


「う、動くな!」


 倒れたまま悶える男を足元にリサは人質に取られたエバを見る。

 しかし指先一つ動かさぬまま人質に取られたとは思えない程に平然としたエバを見つめていたリサだったが、くるりと向きを変えると本来の目的である建物へと足を進め始めた。


「お、おい!」

「うーっわ。見ろよあれ。今日から相棒だってよ」


 わざとらしく作られた顰めっ面でリサの背中を指差したエバは顔だけを動かし男を見上げる。


「で? お前はどうする? 三秒待ってやるよ」


 中指と薬指、小指を立てたエバはリサと同じ時間猶予を与えた。

 だが男はこの状況を無視したリサと悠然としているエバに動揺を隠せず、その三秒は考える事すらなく過ぎてゆく。

 三秒後、横腹に強烈な肘を喰らい緩んだ腕から脱出したエバから顔に一発もらった男の意識は途切れその場に倒れた。

 そしてエバも先に行ったリサを追って建物のドアへ。彼女が視線を落としていたドアノブに目をやるとそこには付着した血液が。


「そこはスミス夫妻が経営してるクリニックよ」

「傷の治療か?」

「そうかも。でも今日は定休日ね。あー、待って。でも今日、クリニックに備品が届く予定だから時間帯的にも人はいるはずよ」


 するとクリニック内から瓶の割れる音が聞こえ二人は目を見合わせた。そして無言の会話をした、かと思われたが同時にドアノブへ伸びた手がぶつかり合う。結局、互いに引いた手を再度すぐに伸ばしたリサが静かにドアを開いた。

 入ってすぐのそこはいくつもの棚がある物置。床には届いた備品か開閉状態にバラつきのある段ボールが置いてあった。だが院内は無人のような静寂を保っており特に争った形跡もない。

 そんな物置をリサは右手で刀を持ち、エバは刀袋をまだ背負ったまま足音すら立てぬよう警戒しながらも慎重に進んだ。

 そして物置から廊下に出て角を曲がろうと近づいたその時――不意に角から飛び出してきた人影が一つ。

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