初任務3
「さて。まずはここの簡単な説明からするわね」
四阿を見送るとシェーンはドアの正面にある大窓が付いた部屋を指差した。
「まずあそこが犯人や被疑者とかをFSA【フィーケル王国安全保障庁】に引き渡すまで一時的に入れておく留置所みたいなところね。その隣が会議室、喫煙室にトイレ、デスクの向こう側にあるのが給湯室」
留置所をスタートし時計回りに次々と部屋の説明をしていくシェーン。だけどエバは指差す先を目で追いつつもそれを何となくでしか聞いていなかった。
「とりあえずカップは一つ用意しておくけどそれ以外の物は自分で買ってね。その時はちゃんとあなたのって分かるように名前か印を忘れずに。冷蔵庫の中の物も全部ね。付け忘れたら無くなっても文句は言えないわよ。それと今はまだ他の人の印は分からないと思うけど、とにかく自分の印が付いた物以外は触らなければ大丈夫だから――まぁ気を付けてね」
その説明は終わったが次の説明に移るには長すぎる沈黙にエバはシェーンを見た。二人の目が合うとシェーンは「分かった?」と眉を上げて見せる。
「あぁ」
エバの小さな声と小さな頷きに微笑みを浮かべた後、シェーンは並んだデスクの向こう側にあるソファとテーブルを指差した。小さめの円テーブルを挟み置かれた二つの一人用ソファ。その隣に(建物入口側を向いた)二人掛け用ソファとその前には長方形のテーブルが置かれていた。
「あれは好きなように使っていいけど、あの大きいソファはほとんどマキさんのモノになってるから自由に使えるのは彼女が帰って来るまでね」
その後に指先が向かったのは会議室の前にある階段。
「最後にあの階段だけど、二階にはちょっとした休憩スペースと仮眠室。それとシャワー室があって、一応ここで寝泊まりもできるようになってるからそこも自由に使っていいわよ」
そして説明し忘れが無いか探しながらシェーンは室内を軽く見回した。
「こんなものね。質問は?」
「――あれは?」
ない、そう言おうとしたエバだったがそれを押しのけたのは右奥にある孤立した個室だった。窓はなく中の様子は分からない。
「あれは私の仕事部屋よ。みんなのサポートする時はあそこ、事務仕事の時はそのデスクにいるわ」
個室とその前に置かれたデスクを彼女は順に指差した。
「他には?」
「ない」
「それじゃあ全員はいないけど今いるメンバーも紹介するわね。ついて来て」
先に歩き出したシェーンがまず向かったのは一番近くのデスクに座っている女性のところ。デスクはみな会議室側とその反対側に背を向けるように配置されており、その女性の横顔は立ち止まる前から見えていた。
それは毛先に向かうにつれ水色からピンクへグラデーションしていくミディアムヘアと頭に生えた猫耳、チョーカーを付けたエネルギッシュさを感じる顔をした女性だった。
「ミア」
「はいはーい!」
シェーンの呼びかけに倍以上のテンションで返したミアは片手を大きく上げながら椅子を回転させ二人の方を向いた。喜色満面と一緒に。
「彼女はミア・トーマス」
「ミアって呼んでね。もしくはミアちゃんでもミーちゃんでも。可愛ければ何でもいいよ」
ひと欠けもしない満月の笑顔を浮かべたままミアは大きく丸い目でエバを見つめながら手を差し出した。一度その手へ視線を落とし再度彼女の顔を見たエバはその元気潑溂とした様子に少し圧倒されながらも手を握り返す。
「よろしくね。エバっち」
「あ、あぁ」
距離感という言葉を知らないかのようなミアに何とかといった感じで返事をするエバ。
「見ても分かる通り彼女はワーキャット。言い忘れてたけど私は人間よ」
「でもあたし失尾症だからワ―キャットの特徴の尻尾が無いんだよね。あれ可愛いからあたしも欲しかったのに……」
するとついさっきまで太陽のように煌々とした笑顔を浮かべていたはずのミアの表情は悄然としてしまった。まるで誰かが感情のスイッチを切り替えてしまったかのように一瞬にして。
「まぁでもあたしにはこの耳があるし良いかな」
しかしかと思えばまたもや彼女の表情には日が昇った。
「エバちゃんには無いけどあたしにはあるから、あたしの勝ちー! やったー!」
「――それは、おめでとう」
両手を上げ喜ぶミアにすっかり取り残されたエバはそう言うのが精一杯だった。
「大丈夫。その内に慣れるわよ」
そんな彼女の肩に手を置いたシェーンは気持ちは分かると優しく頷いていた。
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