第7話 天啓⑦
「決めたわ。これから作る宗教の名前」
リホが人差し指を立てる。
「はい、
リホの指を中心として、僕たちの指は重ねられる。瞬間、僕はその名を呟いていた。
「アスタリスク」
「何、それ」
善治くんの問いにリホは手提げから自由帳とサインペンを取り出す。無地のノートを開き、大きく「*」と書く。
「これ、見たことあるで」
リホは頷く。
「私と聡明と善治の三人で作るから*。どう、洒落ているでしょう」
僕は大きく息をつく。
「それはいいね」
「それなら、
「幸はダメよ」
「どうして…」
「そんなの簡単よ。幸は滋賀に住んでいる。いつでもすぐに集合って訳にはいかない。そんな人を仲間にするだなんてどうにかしている」
それを聞いた善治くんが膨れっ面をする。
「そうか。確か、滋賀は京都を経由しないと、こっちには電車で来られないよね」
リホが何度も頷く。
「そうよ。聡明が言った通りなんだからね」
善治くんがいよいよ顔を真っ赤にする。
「幸兄ちゃんを仲間にしたくないほんまの理由。僕、わかってるんやからな」
「だったら、言ってみなさい」
「幸兄ちゃんは商売敵やからや」
「よくわかっているじゃないの」
善治くんはとうとう泣き出してしまう。僕はリホの方に向き直り、質問する。
「商売敵って…?」
「幸の家はお寺なの」
思わず苦笑いする。そう言えば、前に聞いたことがある。善治くんの頭をなでると、向こうから抱きついてくる。
「善治くん、大丈夫だよ。別にもう会うなって訳ではないのだから」
善治くんの小さな手が必死に僕の衣服をつかむ。肩は小さく震えている。横からリホがわざとらしく、覗き込む。
「あーあ、そうやって困ったことがあるとすぐに、善治は男の人に泣きつくわよね。女の人は母親だってなかなか触らせやしないってのに。男なら誰でもいいのかしら」
「女は意地が悪いから、よう好かんだけや」
リホを睨んだ後、善治くんは僕に笑ってみせる。やっと解った。
「もしかして、だから、離れに一人で住んでいるの?」
「女は大抵が世話好きやろ。僕にはそれが煩わしい」
できない人間の気持ちが解らないと言ったのは、あながち嘘でもないらしい。確かに離れの中は、いつ来ても整然としている。お茶をいれるのも善治くんの役目だ。
「善治は自分から乳離れしたし、オムツだって自分からもうしたくないって言ったのよ」
「自分のことくらい、自分で全部できるこらな」
「異常よ、善治の場合は」
僕はと言えば、苦笑いするしかない。
「どうして笑っているの?」
「わかった。聡明兄ちゃんも僕と同じで、オムツはずすんも乳離れも自分からしたんやろ? 絶対、そうやって!」
リホが僕の様子を窺う。続いて、眉をひそめる。
「うわー、信じられない」
「実はな、幸兄ちゃんもそうなんやって。リホだけ、仲間はずれやな」
「私は母親とのふれあいを大切にしているのよ」
「ただのマザコンやん」
「うるさい!」
リホが突然、大声を出すので、善治くんは黙ってしまう。リホの様子を窺う。外を眺める格好で頭を膝の上にのせ、腕で抱え込んでいる。
「…怒っている?」
「いいじゃない。勝手にすれば。男三人、仲良くしていれば? 発案者である乳臭い女なんか放っておいてもさ」
僕の胸の中で、善治くんが小さく呟く。
「拗ねるなんて、やっぱり子供やな…」
「何か、言った?」
善治くんは慌てて否定する。
「大体、あんたいつまで聡明に抱っこされているのよ。あんたのほうこそ、ガキじゃない!」
言うなり、リホは善治くんを引き離す。
「別にええやん」
「良くないわよ。だって、聡明は私の…」
続く言葉を聞き、僕はリホと二人、顔を赤らめていた。
「それなら、離れなあかんな。そうとは知らず、堪忍」
やけに、ものわかりのいい善治くんは自ら長椅子に戻る。
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