第4話 天啓④

 玄関の前を素通りし、日本庭園の中を歩く。しし脅しの音が聞こえたときには、思わずため息をついてしまった。

「池には鯉もいるし、小さいけれど滝もあるのよ」

「リホの家は何をやっているの?」

「さぁ? 何か相当な悪事を働かなくては、こんな家建たないわよね」

 自分で言いながら、ふきだしている。

「それでは、リホは悪党の娘ということか」

「昔ね、華族だったんですって」

 華族だなんて、社会の時間にしか聞いたことがない。また、ため息をついた。

「あそこの離れに善治よしはるが居るの」

 リホが指し示す。

「病気の子を離れに置くの…?」

「善治が言い出したのよ。離れに住みたいって」

 腑に落ちないが、相槌を打つ。離れに着き、リホが声をかける。

「善治。リホよ。中に入ってもいい?」

「いいよ」

 リホよりも一段、高い声が聞こえた。声変わりはまだまだ先のことらしい。

 六畳間を障子越しに柔らかな光が照らす。壁際には、ぎっしり詰まった本棚。見たところ、上段は、かつての大学の教科書らしきもの。下のほうには、少年が主人公の物語や、図鑑、登山関係。その隣には、横に倒したカラーボックス。小学校低学年の教科書に、ゴッホの画集、解剖の本、スケッチブックに水彩絵の具。部屋の中央には、折り畳み式のローテーブル。

 リホが用意してくれた座布団に腰をおろす。リホのいとこが僕から視線を外そうとしないので落ち着かない。

「この人が前橋聡明まえばしそうめい

「はじめまして」

 リホのいとこは小さく頷く。

「で、この子がいとこの善治」

 それきり、沈黙がその場を包み込む。

 相変わらず、リホのいとこは僕を凝視している。こちらが何度か視線を外しても、向こうはそのまま。観察されている気分だ。さすがに耐えられなくなり、リホの肩に触れる。

「ああ」

 思い出したようにリホが言う。普通、相手の目をずっと見続けるのは失礼なのだ。

「善治はこのお兄ちゃんが好きかしら?」

 自然と視線が僕からリホへと移る。いとこは小首を傾げる。

「まだ、わからないか」

 リホはいとこの頭をなでる。心なしか、嫌そうである。

「聡明は善治をどう思う?」

 今度はリホを凝視するいとこを見た。浴衣を着て、長椅子の上にきちんと座っている。隣には、青いリボンをしたテディベア。病弱という割には、肌の色は白いがそんなに痩せてもいない。リホが華やかな感じの美人なのに対して、いとこは年相応だが整った顔をしている。

「かわいらしい」

 リホが手を叩く。満面の笑みを返す。

「そうでしょう。善治は『かわいい』というよりも、『かわいらしい』よね。ミユキも同じこと言うのよ」

「前者だととりあえずの誉め言葉という感じがするけれど、後者は本当にそう思っている感じがする」

 リホは何度も頷く。

「よかったわね、善治。このお兄ちゃんも善治がかわいらしいと思ったのですって」

「でも、リホ。第一印象が良くても、その後に良好な関係が築けるとは限らない」

 そう言い、いとこはふてくされる。

「善治はいくじなしだわ」

「リホがそう思うのなら、そうなんやろ」

 リホはいとこにデコピンする。

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