第2話 天啓②
私たちは特定の神を持ちません。
私たちは特定の教祖を持ちません。
私たちは特定の経典を持ちません。
神はあなたの中にいます。
神はみんなの中にいます。
神は誰にでもなりえます。
ひとりの少女を殺そうとしたとき、唐突に理解した。
神は存在する。
そしてその神とは目の前の少女その人であると。
以前からその少女のことが気になってしょうがなかった。何がそんなにも惹きつけるのか。考えても考えても解らない。夢の中の少女は成長した姿で魅了する。
少女とひとつになりたい。
しかし、世間が許さない。少女が実際に大人になるまで待つしかないのか。我慢できない。精神が崩壊していくのを自覚していた。限界だった。
玉砕の覚悟で少女に胸の内を打ち明ける。
少女の答えは意外なものだった。
「どうぞあなたの好きにして下さい。ただし、私と交わりたければそれは私を殺してからにして下さい」
まっすぐに見上げる少女の瞳は微笑んでいた。少女の黒髪が風に揺れる。もう少女は少女ではなく、立派な女性なのだと思った。
「どこで殺されたいですか」
「静かなところがいい」
「僕の家はどうですか」
「家族に知られたらあなたに迷惑がかかるわ」
「僕の下宿は竹林で隔離されたところにあって、ボロアパートだからふるくから住む耳の遠い老人が数人しかいない。たとえ悲鳴をあげようとわかりませんよ」
「それなら安心ね」
少女に怯えた様子はない。少女が僕の手をとる。
「あなたの家を見てみたい」
頷き、歩き始める。少女が僕の腕に絡みつき、頬擦りをしてくる。
誰かに見られやしなかっただろうか。何度も振り返る。大丈夫だ。
「ねえ」
突然、声をかけられたのでひどく驚いた。
「あなたのお名前は?」
「
「すてきな名前。あなたにぴったりだわ」
そんなことを面と向かって言われたのは初めてだったので、答えに窮した。
「本当に聡明だったら、小学生の女の子と交わりたいだなんて思わないよ」
少女は首を横に振る。何が違うというのだろうか。
「あなたが聡明でなかったら、私を誘拐して強姦していたでしょうね。そうでないから、やはりあなたは聡明なのよ」
聡明なのは僕ではなくて少女のほうだ。僕は自由な右手で少女の頭を撫でた。
「君の名前は?」
「オカリホ。妹の名前はオカリナなの。おもしろいでしょう。私が妹の名前をつけたのよ」
得意そうに言う少女の笑顔がかわいらしい。
「リホと呼んでもいいかな」
「ええ、どうぞ」
遠目に僕の家が映る。家の中に入るには、竹林を抜ける必要がある。そこはろくに手入れもされていないので、昼間でもひどく暗い。もうここまでくれば誰かの目を気にする必要もあるまい。
安堵のため息をつくなり、僕は口を開いた。
「リホ、やり残したことや願い事はないかい。僕はもう我慢の限界なんだ。一刻も早く君を殺して自分のものにしたい」
いよいよ自分がばかになってきていると感じた。リホにも笑われる始末だ。でも、こればかりはどうにも抑えられない激情なのだ。
「聡明は自分に素直ね。いい傾向だわ」
「質問に答えて」
ばかにされたようで少し声を荒げた。リホが目で詫びる。それからリホは少し考えてから、僕にしゃがむように言った。リホは僕に口付けをした。ほんの一瞬、唇が触れただけだった。キスというよりも、口をつけただけ。そんな淡い印象だけで、官能的なものは感じられなかった。
「竹林の中で殺されるのもなかなか乙なものよね」
リホを抱きしめていた。僕の腕に抱かれるリホはまだまだ成長の途中で成熟していない。全てのパーツが小さい。少し力を入れたら、壊れてしまうのではないか。きれいに切り揃えられたおかっぱの毛先を弄びながら、細い首を絞めるのを想像する。絞殺は官能的だ。力を入れるも緩めるも自分次第で、リホは僕に命乞いをする。一気に締め上げさえしなければ、相当なやり取りが楽しめそうだ。
しかし、それでは無駄にリホを苦しめることになる。だからと言って、毒殺ではその後の行為を考えた場合、自分に被害が及ぶ可能性がある。いや、そもそも遺体の損壊はなるべく避けたいし、長く行為を楽しみたい。確か遺体の腐食を遅らせる方法が何かあるはず。
「ねえ、リホ。僕は君を殺さなければ、君とひとつになれないのかな」
「人を殺すのが怖いの? その後にはあなたの欲しいものが手に入るというのに?」
リホはいじわるだ。
「さっきだって僕にキスしてくれたじゃないか。わかるよ、リホも僕が好きなんだろう。だから、こんなところまでついてきた。だったら…」
リホは微笑む。
「好きだから、よ。私は愛する聡明との関係を汚したくないの。聡明は知らないかもしれないけれど、私は聡明が私の存在を知るよりもずっと前から聡明を知っているし、大好きなのよ」
リホが何を言っているのか理解できない。
「私のいとこに
「随分、唐突だね」
「ごめんなさいね。それで、善治と私の遊び仲間に
「それで、君のいとこと友達が何だって言うんだい?」
リホがいたずらっぽく微笑む。
「幸は善治が好きなの。きっと善治も幸が好き。だから、幸は善治にいたずらしたの」
いたずら、とはやはり。
「しょうがないのよ。幸は中学生で自分の気持ちをコントロールしきれなかったのね。おまけに、善治は体が弱いし、同じく気も頭も」
「その子はずるい…」
「そうね。そう思えるのなら、聡明が私にしようとしていることも同じなのではないかしら」
同じ。
相思相愛だからといって、相手が自分よりも立場が、力が弱いのを利用して、一方的に私利私欲で汚す。
「でも、きっと善治だって悪いのよ」
「?」
「私は聡明が好きだから、あなたに罪を犯してほしくないの」
僕は苦笑いした。
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