第28話:夜空にはばたく翼(お題:方眼)

 さあーっと、静かな音を立てながら、雨が降り始めた。

 雨竜は蒼い鱗の竜の姿を、フェアン兵たちの前にさらしている。伝説の竜を目の当たりにして、多くの兵が動揺し、あるいは高揚しているようだ。それもそうだろう。雨竜の姿は、夜の闇の中でも神々しい。その加護を自分たちが得ているのだという事実は、彼らに勇気を与えるに違いない。

『ノア』

 低い声が、頭の中に響く。

『素直な気持ちを言えば、われはそなたを背に乗せて飛ぶのは、いまだおそろしい』

 それは、言われなくてもわたしもわかる。アズサは帝国の全身の国との戦いで堕ちた。時を越えて、わたしが二人目になるのを、雨竜はひどくおそれているのだ。

 だけど。

 それで、立ち止まっちゃいけないんだ。雨竜も、わたしも。フェアンのひとびとも。

 雨竜はアズサの喪失から永遠に立ち直れない。わたしは家族を失った孤独感を埋められない。フェアンのひとたちはいつまでも竜と分たれたまま。

 みんなが、それを乗り越える日が来たんだ。

 だから、わたしはふるふると首を横に振ってみせて、雨竜の顔に手を触れる。この冷たさにも、安心感を得るようになった。

「大丈夫です、雨竜さま。今度はアズサの時とは違う。フェアンのひとたちも、ちゃんと力を貸してくれます」

 わたしが言い終わるのを待っていたかのように、「できました」とキリムさんがわたしたちに声をかけてくる。兵士たちが雨竜の背に取り付けたのは、馬用のくらを即興で雨竜に合わせて改良したものだ。

「ありがとうございます」

 わたしは彼女たちに頭を下げて、雨竜から手をはなすと、鞍にまたがる。フィールドワークの一環で、乗馬もしたことがあるから、どのようにバランスを取ればいいかは、からだが覚えている。

「いきましょう、雨竜さま」

 はっきりとした声で告げれば、雨竜もわたしの決意が変わらないことを、たしかに受け取ってくれたのだろう。

『ああ』

 腹をくくった返事がやってくる。

『数百年の空白を、ノア、そなたが埋めてくれると、信じている!』

 大きな咆哮に、みんなが思わず耳をふさぐ。それがやむと、ばさり、と蒼い翼が広がり、浮遊感が訪れる。

 手綱をしっかりと握る。地上でわたしたちを見上げる、キリムさんやフェアンのひとたちの姿が遠くなり、雨空の下を、雨竜とわたしはゆったりと飛ぶ。

 びゅうびゅうと風が吹きつけて、わたしの髪をかきあげる。これが非常事態じゃない昼間だったら、見下ろす光景を楽しんでいただろう。

 だけどあいにく、わたしたちは敵地に乗り込む最中だ。物見遊山はすべてが終わった後で、楽しもう。

 そのために、わたしはなんとしても生き残って、役目を果たさなくちゃいけない。

 ぎんと見すえる前方に、かがり火がたかれているのがわかる。まるで、方眼紙のマスをきれいに埋めるように、帝国兵が陣を展開しているのがわかる。そこを目指して、雨竜はもう一度力強くはばたき、降下してゆくのだった。

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